第107話・アイドルぅぅぅぅぅぅ!

『はいどうもー! クロノ・ワールの女芸人、美月シズクです!』


 アイドル……だったような……。シズクさんは挨拶の時点で芸人根性丸出しだ。さっきまでと若干性格が違うような気もする。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、こんにちは! 今日はシズクお姉ちゃんの放送にお邪魔してる、秋葉リンだよ!」


『うぐ……可愛いなぁおい……。お姉ちゃんとスケベしようや!』


「アイドルー! 僕たちバーチャルアイドルー!」


 性格が全然違うのはもはや確定。シズクさんは完全に演じるタイプのVTuberのようだ。


『ふむふむ、この程度の下ネタだと突っ込んでいただけるようで……。では、ガンガン頭ピンクに染め上げていきましょう! 果たして、美月シズクは清純派のリン君をピンクに染めることが出来るのか!?』


「染まらないからね! 絶対に!」


 もう、漫才だ。シズクさんがボケて僕がツッコむ。それがあたかも想定されていたかのように話が展開していく。


 雑談ライブが上手なVTuberにはこんな人もいるのだと僕は学んだ。でも、この路線は僕には多分無理である。今だって、度重なるセクハラに顔が暑くてたまらない。


『さて、ではトークデッキに行ってみましょう! 本日最初の話題はこちら[VTuberになった理由]です! こちらなんですけどね、私の理由は多分私のリスナーは知ってくれてるんじゃないかな? というわけで、リン君からお願いします!』


 実はこれ、僕は正直に言うと炎上するのではないかと思っている。特にママ活を決心した件で。なので、適度にぼかすことにした。


「あ、これなんだけど、僕実家に捨てられちゃって、宛もなく彷徨ってたんだよね。したら、声をかけてくれたのがママ、秋葉未散さんだったんだ。それで、僕が生きるためのお金とかいろいろ全部ママが出してくれんだけど……。ほら、お世話になってばかりじゃダメじゃん? だから、なんとかしてお金稼がなきゃってなったんだ。でも、僕子供だと思われちゃうから、企業就職とか無理で……。それで、VTuberなら個人事業だから出来るんじゃないかって話になったの。それで、今VTuberやってるんだ!」


 その僕の長い語りをシズクさんは、適度な相槌を入れながら聞いてくれた。


『ええ話やで! これこそ、清楚系! 清楚通り越して、もはや清廉! 私みたいなねぇ、媚薬のひとしずくとは違うわけですよ!』


「媚薬?」


『あ、なるほど……こりゃ手ごわいぜ!』


 媚薬なんて言葉の意味はわからない。手ごわいと言われた理由にも心当たりがなかった。


「ところで、シズクお姉ちゃんは?」


 僕だけ一方的に暴露しては不公平だと思った。


『お姉ちゃん……あ、ちょっと感動! 私はね、リンちゃんみたいな可愛い子を食べちゃいたいからVTuberになったオオカミさんだぞー! 月だけにってね?』

「あわわわ!? 僕美味しくないよ!」


 なぜだか、一瞬本当に捕食される草食獣の気持ちになったのである。


 そもそも、食べちゃうの意味がわからない。カニバリズムが好きなのだろうか……。ともかくとして、僕はシズクさんと距離をとりたくなった。


『えーっとですね、今のはカニバリズムな意味ではないとだけ釈明しておきます』


 その時ひとつのコメントが僕たちの目を引いた。


ちくわ大明神:ピンクな捕食って言ったらねぇ……


『教えようとすんなー! リン君は清楚系だぞ! 私みたいななぁ! 汚れ女芸人とは違うんだ!』


「汚れなの?」


『そうそう、おピンクなね、ねっちょりした、心の汚れっ! ってちゃうわー! おおん? 清楚マウントか!? 喧嘩か!?』


 なんて、怖いことを言っていながら笑っているのが分かる声だった。これが所謂ノリツッコミというやつなのだ。今回のライブはすごく勉強になる。


『私はね、リンちゃんみたいな可愛い子とお近づきになって、イチャイチャするためにVTuberになったんだよっ!』


 総毛立つとはまさにこのこと。どうやら、シズクさんはこの手の発言は本心からの発言のようだ。つまり、僕とイチャイチャしたいらしい。男の僕と。


レゾンデートル:でも、シズクちゃん恋愛経験ゼロじゃん。


『うっせえわ! 私だってねぇ! 可愛い女の子と、イチャイチャしたいんですよ! いや、マジで! デートしてぇ、ご飯食べてぇ、その後ホ・テ・ル!?』


「お泊まり会ですか?」


『うっわ、マジ清楚ぉぉぉおおお! やっべ、なんか眩しくなってきた! 私、ここにいていいのかな? そもそも、私の発言ってアイドルとしてどうなんだ?』


ギリギリィスーツ:安心して、シズクちゃんはアイドルじゃなくて芸人だから


『アイドルだわ! 半分位はアイドルだわ! これでもね、日々頑張ってアイドルらしく活動しようとしてんの!!』


「え?」


 コメントと僕がシンクロした。


『アイドルゥウゥウゥゥゥゥゥ!!! 俺たち、アイドルゥウゥウゥゥゥゥゥ!』


「俺!?」


 アイドルにあるまじき一人称が飛び出して、僕は狼狽する。


 しかし、テンションが高い。僕のついていけないレベルのテンションを保ち続けるシズクさんは化物だと思う。


『まぁまぁね、みんな憎まれ口叩くけど、本当は私のこと愛してるんじゃないの!? 好きだからイジめちゃう複雑な男ゴ・コ・ロ!』


ラテン系のガテン系:ごめ……キツイ……


『キツイってなんだよおおおおおおおおお! お前マジ、あとでぶっ飛ばすからからな!』


「シズクお姉ちゃん、アイドルは多分ぶっ飛ばすって言わない……」


『ええ、い、ああ!? プッチョバスからなぁ!』


 なんとなく、シズクさんの扱いがわかってきた気がした。にしても、シズクさんはとってもキャラが立っている。しっかりと笑いを取りに行く芸人らしさも見事だと思う。

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