世界は巡り巡って

第106話・放送前

 迎えた、美月シズクとの雑談コラボ当日。その間に僕はもう一件のコラボ予定が入っていた。相手は、同クロノ・ワールの所属VTuber、霜月霰しもつきあられさんである。


 クロノ・ワールは僕の中で、既にとてもいい会社という印象になっている。それは、コラボに際しても候補日を用意してくれたからだ。こちらに対して、最大限譲歩する準備をしてくれていた。


 ライブ直前のミーティングが始まる。


『えっと、じゃあ、リンちゃんはトークデッキは初見で放送を行う。それと、放送中私のことはシズクお姉ちゃんと呼ぶ。条件はこんなところでいい?』


「はい、大丈夫です! シズクさんの方も、僕にお姉ちゃんって呼ばれるの嫌じゃないですか?」


 言っても、僕は男性VTuberである。クロノ・ワールは基本的に女性VTuberのみが在籍する企業だ。そして、コラボ相手も原則女性VTuberのみである。


 でも、それは大丈夫だそうだ。そもそも、秋葉リンの中の人、つまり僕の正体が本当は女性だと思っている人の方が多いかららしい。


 そもそも、恋愛を理解していないとすら思われている。実際、僕はごく最近まで本当に理解していなかったから。


『全然! むしろ、今から呼んでって感じ! 正直言うと、私も秋葉家だから』


 視聴者側で秋葉家と名乗る意味。それは、秋葉家VTuberのファンだということだ。


 僕に直接言うということは、僕のファンだと明かすことかもしれない。


「じゃあ、今日はよろしくね! シズクお姉ちゃん!」


 さぁ、僕は今からリアルの自分よりほんの少しだけ甘えん坊だ。


『うぐっ……可愛い……』


 ちなみに、僕はシズクさんのアーカイブをほとんど見ていない。わかっているのは、歌の実力がクロノ・ワールでトップだということだけ。


「もう、すぐそうやって可愛いって! 僕だって男なんだぞ!」


 要するに、歌うまVTuber同士であり、ついでにシナジーも期待できるからこのコラボが実現したのだ。


『待って! 可愛い、過剰摂取になるから!!』


 男であると過剰に主張したくなることがある。可愛いと言われるのも、大概慣れてきたはずなのに。


「ごめんなさい。ちょっと、僕最近変なんです」


『あれ? それキャラじゃないの?』


「あ、僕はVTuberとして活動するときもほとんどキャラ作ってませんよ」


『え!? もしかして、本当に男の子なの?』


 もしかしても何も、僕は最初から男だ。アラサーのキッズモデルおじさんだ。そんなパワーワードな属性を持っているのは、多分僕と銀さんだけだけど。


「えっと、はい。そうです……」


 本当の本当に男だと知られたら、ファンをやめられてしまう気がした。


『そっか……まぁ、関係ないけどね。豊かすぎる表現力や、綺麗すぎるハイトーンに魅了されてファンになっただけだし。リン君の前では性別なんて単なる記号に過ぎないね』


 と言いつつも、呼び方が君に修正されている。やっぱり、僕のファンはなにか普通のVTuberファンとは異質な気がする。でも、それは秋葉家全体に言えることなのではないだろうか。


「記号、ですか?」


『うん、記号。だって、性別なんて関係ないもん! 男性だけ、女性だけ、そんなターゲットになったらリン君のその数字はありえない!』


 確かに僕のチャンネル登録者は、男女比率がほぼ半々だ。ほんの少しだけ、男性が多いくらいである。所詮、ネット上での性別などいくらでも偽れるのであるが。


「あ、五分前……」


 放送開始五分前になって、僕は手癖でヴァイオリンを手に取る。


『あ、今日はヴァイオリンできないね。ごめんね』


「あ、そうだった」


 今、ライブの共有はUtubeのアップデート待ちだ。この日はシズクさんのチャンネルで生放送をする。僕の声は一旦ThisCodeを通したあと、もう一度放送を経由して視聴者さんに届けられる。音質も多少劣化するし、ラグだってかなり出る。そんな状態での演奏はいいものにならないため、今回の待機BGMは録音された音源を使う。ちなみにその音源は僕のヴァイオリンだ。


 その音源がサウンドミキサーを通して僕にも流れる。


『これ、録音したの昨日だっけ?』


「あ、はい!」


『リン君、ヴァイオリンもすごく上手になったよね』


「それなりには……」


 ベト弁さんたちプロにも認められるレベルにはなった。だから、それなりと言うのはもう謙遜が過ぎるのかもしれない。


「そうですね、いっぱい練習しましたから!」


 僕は言い直した。もはやその自負を持たずしては嫌味になる気がしたからだ。


『努力家だねぇ!』


「いえ、才能に恵まれた部分です」


 僕は才能がある部分は多分、とことん才能が有る。でも、無い部分はとことんないのだ。


『才能が無い部分もあるの?』


「はい、運動はダメダメです。多分、ダンスなんて一生できませんよ」


『そうなんだ? リン君も人間なんだね?』


「僕をなんだと思ってるんですか!?」


『うーん、音の怪物?』


「ひどい!」


 でも、音に関しては僕はとことん才能が有る。音感、声域……。でも、音に関しても才能がとことん無い部分もある。それは、低音の歌だ。僕の声はどんなに頑張っても、それなりに高い音しか出ない。この時は、そう思っていた……。


『さ、始まるよ!』


「はい!」


 僕は、初めて秋葉家以外のVTuberとコラボする。

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