第105話・TVオファー

 時代の激流、その最前線に僕はいつの間にか立っていた。VTuberという、ヴァーチャルアイドルの台頭という社会現象。その社会現象を加速させるチャンネル登録者数五千万という破格の数値。


 知らぬうちに渦巻いていたのだ。僕の周りには欲望が。


 他愛ない放送のあと、僕のもとには一本の電話が舞い込んできた。


『急なお電話申し訳ありません。テレビ局の者です。いま人気沸騰中のVTuber、秋葉リンさんに番組の出演依頼をしたくてご連絡差し上げました』


 僕は人間の悪意というものに、どうやら鈍感なようだ。僕は“さん”と呼ばれたことをスルーしてしまう。


 普通、依頼の場合は“様”だ。なぜなら、お願いをしている立場、最大限の敬意を払う必要があるからである。


「はい、秋葉リンです。テレビ番組の出演依頼ですね!?」


 ともかくとして、僕は舞い上がった。この日本において、テレビより情報拡散能力に優れたものはない。最近ではインターネットも普及してきたが、まだテレビに敵うほどではないのだ。


『10月28日午後六時からの生放送に出演いただきたいんですが、宜しいでしょうか?』


 予定は一方的に告げられた。と言っても、僕は個人勢VTuber。予定なんてそんなきっちりとしたものではない。でも、これだけは聞かなくてはいけなかった。


「どんな番組ですか?」


 VTuberはイメージが命だ。汚れ芸人のようなことをさせられてはたまったものではない。


『トークバラエティですね! 若者文化を他の年齢層にも普及させることを目的としたものです』


 ここで、僕は携帯の機能を使って、通話の録音を開始する。


「リアクション芸人のようなことはやらなくても大丈夫ですか?」


 詰問だ。今のままだと、そういったことをやらされる可能性は大いにある。


『大丈夫ですよ! 今回は、芸人の方を雑談をしていただいて、一曲MalumDivaだけ披露していただきたいと思っています』


 確かに、僕の評価はその多くが歌に集まっている。だから、やっぱり僕の情報といえばMalumDivaなのだ。


「分かりました。一度、他の秋葉家のメンバーと話して、折り返しお電話させていただきます」


『はい、分かりました! 色よい返事をお待ちしております……』


 その声色に、少しだけ苛立ちを感じたのであった。


「すごいじゃん凛くん! テレビだよ! これで、国内人気一気に上がるよ!」


「う、うん! そ、そうだね! り、凛くんは海外ファンばっかりだから」


 電話を切ると、二人は僕に肯定的な意見を送ってきた。


 僕は相談すべきだった。電話口の相手から感じた僅かな違和感を。


「じゃあ、明日番組に出演するって連絡するね!」


 時刻は午後5時30分。狙いすましたように僕の放送終了の時間だ。だから、話は別方向に流れていく。


「そ、そういえば、さ、さっきはいじってごめんね……」


「え? 気にしてないよ! だってさ、視聴者さんがそれで喜んでくれたじゃん! 僕はちょっと恥ずかしかったけど、視聴者さんが喜んでくれるんだったら、それが正解じゃないの?」


 恥ずかしすぎて、もう二度とやりたくない。そんなふうに思うような内容ならそれは失敗だ。でも、ダメージになるほど恥ずかしかったわけではない。


「へー、凛くんもVTuberたるものがわかってきたねぇ! じゃあ、狙ってすねたふりしたの?」


「あ、いや、普通にすねてただけだよ!」


 わざととか、そういうあざといことは僕には苦手だ。


 僕は僕らしく、ありのままの僕を少し大げさにやるだけ。それと、ちょっとだけ甘えん坊に。それが、僕のキャラクターだと思う。


「ふ、ふふ。本当に、可愛い……」


 なんて、立花お姉ちゃんが言うから、僕は照れてしまった。


「ぼ、僕だって男なんだからね!」


 放送上の僕は、もう僕のことを女の子だと思い込んでいる人も多い。そんな人に何を言っても、証拠を出さない限り女の子だというイメージを崩さないだろう。


 だって、男の娘というキャラ付けと思われてしまうから。


 でも、僕は秋葉家の人には、特にママには男だということをしっかり認識して欲しかった。


「わかってるよー! 可愛いなぁ……」


「本当にわかってるのかなぁ……」


 でも、その男らしさを可愛らしさと取られてしまうのが、僕が今一番不満に感じていることである……。

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