第104話・Re:物理的限界

 そんな、RTSの初期設定を終えて午後。なぜだか今は立花お姉ちゃんの家にいる。


 いや別に、立花お姉ちゃんの家に僕たちが居ることはそんなにおかしくない。僕が何故かRTSを着てピアノの椅子に座らされているのがおかしいのである。


「よし、じゃあはじめんぞー!」


 そして、立花お姉ちゃんがRyuお兄ちゃんのモードになっているのがおかしいのである。


「え、えと、この状況は……?」


「放送スタート!」


 僕の言葉を待たないまま、放送は唐突に始まった。


 絶対これは僕が恥をかく流れだ。


「よぉ、みんな! 集まってんな!? 始めるぞ!? 今日は、リンのピアノについて発表がある!」


「ねえ、待って! 僕弾けない! ピアノ弾けない!」


「こんにちはー! みんな今日もお疲れ様! みんなえらいえらい」


「待ってって! あーうー……もう! もう!」


 RTSを着てピアノの椅子に座っている。この状況だと、画面の向こうの視聴者さんたちには、僕が秋葉リンに見えているのだ。


 コメントは見えない。ピアノに向かい合っているから。


「あー足か……届いてないな! ほれ」


 だけど、Ryuお兄ちゃんがコメントに答えるのは聞こえる。


 Ryuお兄ちゃんは、カメラを動かして、僕の足元に持ってきた。


「撮らないでよ!」


 もう、僕は顔を真っ赤にして抗議した。僕の足は、ピアノのペダルに届いていないのだ。というのも、そもそも椅子が大人用だからだ。


 一応頑張れば届かなくはないが、ペダルを踏み込むことはできない。


「リン君、ピアノ、弾いてみよっか?」


 そこで、僕は作戦を発動させることにした。


 音を一個づつ鳴らしていく。


「あ、あれ? 1Hzもずれてない……」


 しかも、音にも違和感がない。


「あー、その手は使えないように昨日、すっげぇ時間かけて調律したぞ」


 つまり、調律が完全に完璧なのだ。何も聞かずに僕が合わせられる調律が、1Hz単位。聞きながらなら、0.1Hzまで可能だ。それをRyuお兄ちゃんは前もって合わせていたのだ。意地悪にも程がある。


「お兄ちゃん!?」


 僕は絶望した目でRyuお兄ちゃんを見る。これに関してもRTSが感知して、目からハイライトを消してしまうのである。


「おい、リンに変な言葉使うな! リンはそういうのとは無縁のキャラクターだからな!」


 僕がVTuberとして半年間築き上げたキャラクター像は純朴そのもの。築き上げたと言うより、自動的にそうなったといったほうがいいかも知れない。だって、僕はそれを演じたわけではないから。


「じゃ、リン君、弾こうね……」


 もう、公開処刑だ……。


 僕は仕方なく、手をピアノに伸ばした。やっぱりだ、1オクターブ届かない。僕の手はこんなにも小さい。それでも、頑張って手を動かしてひこうとした。


 手が右に左に揺さぶられて、ミスタッチがどうしても発生する。


「そうだよ! 僕はピアノだめなんだよ! 手の大きさが足りないの!」


 もうこれは、僕専用サイズの鍵盤でも作ってもらわない限り、ミスタッチから僕が解放されることはないと思う。


 そこで初めてコメントを見せてもらった。


初bread:【朗報】音の怪物の弱点発見【ちっちゃいお手手】

銀:やっぱりかー! ピアノの話題が全然でないからこんなことだと思ってた。ともかく理由が可愛すぎる!

里奈@ギャル:おててちっちゃー!

お塩:ぎ、ギターは超絶技巧だから安心していいと思う

ベト弁:ヴァイオリンもな!


「もう! みんなして手がちっちゃいちっちゃいって! ばかぁ!」


 僕は全方位ちっちゃい攻撃に、ちょっと泣きそうになって感情的に怒鳴った。


 でも、それは視聴者さんたちにとって逆効果だったのだ。


チャイが好きィ:え? 怒り方可愛い……バンドしよ?

銀:ばかぁ! いただきました!

Mike:なんだろう……唐突に萌殺しに来るのやめてもらってもいいですか?

Alen:Japanease日本人の kawaiiかわいい is so scaryってすごく怖い

Mike:あ、シモンがまたGB押したがってる……

お塩:シwwモwwンww

デデデ:シモンが完全に俺らの件……


「いやぁ、ぶっちゃけ怒っても可愛いよな……リンって」


「うんうん……なにしても可愛い!」


 なんて、二人でいじめるから僕はそっぽ向いた。


銀:おこ?

里奈@ギャル:ごめん、これ以上萌提供しないで……過剰摂取気味

デデデ:このホームドラマ感……秋葉家だなぁ……

Mike:あぁ、癒される……昔のドラマ思い出す……

Alen:あれか? あれ、良かったよな?

初bread:そのドラマ、多分日本でも結構見られてるぞ


 コメントたちは、僕が怒っても喜んでしまってもう収拾がつかないのであった。


「まぁ、リンはそういうわけでピアノは無理! だけど、ギターやヴァイオリンは行けるから、これからもそっちで活躍させるぞ!」


 そう言いながら、Ryuお兄ちゃんはママに合図する。


 すると、ママは僕にギターを渡した。


「よし、これなら!」


 そして、僕はトリ・トルムを即興でアコースティックアレンジして弾いた。これだって、多分難しい部類である。だって、素直に弾こうとすると絶対無理だ。タッピングを駆使しても手が右に左にである。でも、もうギターなら僕にお任せあれ。


 僕は、自分はギターがとてもうまい部類に入ると自負しているのだ。

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