第103話・RTS

 次の日、何故か届いたのである。リアルトラッキングスーツRTS二着が。それは、僕とママのサイズだ。立花お姉ちゃんが着るには少し胸の部分が小さい。別にママの胸が慎ましいわけではなく立花お姉ちゃんが大きすぎるのだ。


「なんで、もう届いてるの? 基本的にオーダーメイドだよねこれ?」


 本当に体にピッタリフィットさせる必要があるのだ。そうしないとモデルからスーツがはみ出してしまうから。


「実は、凛くんがNecoroちゃんと歌の練習してる間に作ってた!」


「え? サイズは?」


「ママが凛くんのサイズ知らないわけ無いでしょ?」


「へ!?」


 ママは、これ以上聞いても答えてくれない気がした。


「これを買った理由も気になってると思うんだけど、今秋葉家でコラボが流行ってること知ってる?」


「え? そうなの?」


「うん、ママと凛くんのお母さんと一緒を皮切りに、コラボが秋葉家で流行ってきてるの。でも、ノラちゃんだけはコラボできない。だってノラちゃんとのコラボにはRTSが必要なの。だから、ママたちがコラボできる準備して突撃したいって思ったんだ」


 ちょっとだけ、感動した。


 正直、ママが秋葉家を思っていることは知っていた。それでも、こうやって行動を起こすのはすごくいいなと思った。


「うん、ママ! やろうよ! ノラお姉ちゃんとのコラボ!」


 秋葉家の絆が、結束が、どんどん強くなっている気がした。


 秋葉家は妬まない。後から入って、世界一にまでなってしまった僕を誰も攻撃しなかった。そんな環境を守りたいと思うのは、当然のことだと思う。


「ありがと、凛くん。やっぱり、凛くんに秋葉家に入ってもらってよかったよ」


 そんなふうに思ってもらえるのは光栄だ。でも、それよりも強く思ってることがあった。


「僕も、秋葉家に入れてもらって本当に良かった」


 今の僕が幸せでいられるのは、秋葉家に入れてもらったからだと思う。


「じゃあ、初期設定しちゃおうか!」


「うん!」


 RTSには初期設定が必要だ。専用のソフトでRTSを着てモデルを動かしていくことで初期設定をしていく。


 3Dモデルにはボーンというものがある。要するに骨格だ。実際には関節の位置にボーンが置かれている。多面体でしかないモデルに設定する、関節と連動して動く頂点の情報をボーンウェイトという。


 RTSの初期設定では、そのボーンウェイトを利用して、モデルの各パーツをリサイズしていくのだ。モデルを動かす人物の体に合わせて。


 僕たちは、RTSを着た。体型がまるわかりでものすごく恥ずかしい。顔がカッと熱くなって、それがモデルに反映されてしまう。


 RTSには体温センサーも仕込まれている。それが、体温の変化を検知して、赤面などの情報をパソコンに送信するのである。


「ママ、これ、恥ずかしい……」


 特にママの方を見るのが恥ずかしい。だって、ママはプロポーションも抜群に良くて、綺麗な人だ。


「我慢だよー!」


 なのにママは全然恥ずかしそうにしていない。


「恥ずかしくないの?」


「だって、ママは秋葉家のママなんだよ? 自分の子に見られて恥ずかしいわけないよね?」


 秋葉家は複雑だ。VTuberとしての肉体はママが生んだもの。だけど、僕らのリアルに血縁はない。だから他人でもあるのだ。


 男性ホルモンの治療を始めた僕には、僅かながら性欲と思わしきものがある。それが、恥ずかしさを助長している。


 あるいは、ママにも何か家庭の問題があるのかもしれない。なにせ、ママからはママの家庭の匂いを感じない。秋葉家を自分の家族として、それにどこまでものめり込んでいる。きっと、秋葉家で紡ぐ愛情になにか求めるものがあるのかもしれない。


「初期設定、始めるよ! まず手からねー!」


 ママに言われて、僕は手を握ったり開いたりする。手首も同時に回しながらそれをやる。


 すると、パソコン画面の中の手が少し縮んだ。


「あ……」


「あー、ちょっとおっきかったんだぁ……」


 解せぬ。僕の手は、そんなにも小さいのだろうか……。


「ぐぬぬ……」


 モデルだってかなり全体的に小さく作られている。それなのに、それに比べても僕の手が小さいということだ。


「ママは凛くんのちっちゃいおてて好きだよー?」


 そのあともRTSの初期設定は続いた。全部の関節を動かしていかなくてはいけない。そうしてリサイズされて気づいた。僕のモデルは、僕自身よりちょっとだけ大きかったのだ……。

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