第101話・クロノ・ワール
企業所属のVTuberが個人勢のVTuberとコラボするにあたって、コラボ相手のキャラクターをしっかりと把握する必要がある。それこそ、イメージを損ねる可能性があるからだ。
だが、人選を誤らなければ、逆にシナジーを発揮する。きっと、企業側はそんなキャラクターを選んでくるだろう。そう思って、僕は安心していた。そこに大きな落とし穴があることに気づかないまま。
デビューから半年と少し。キャラクターを演じるのにも限界を迎え始めて、徐々に素の自分が出てくる時期と考えたのだろう。僕は、最初からキャラクターを演じてないどいないのに。
僕が演じているのは、ちょっとした態度の部分。秋葉リンは素の自分より、少し甘えん坊なだけである。
だから、僕はいつもどおりやればいい。そう思って、意を決して電話をかけた。
『はい、株式会社クロノ・ワール五期生担当マネージャーの葛城静音です』
電話口のむこうからは少し低めの女性の声。明るいのに、どこか疲れた印象があった。
「お世話になっております。秋葉家VTuberの秋葉リンです」
ちょっとだけ、僕はママに電話口でのマナーを聞いていた。
僕たち秋葉家は企業ではない。あくまで個人勢VTuberの集まりであり、マネージャーなど特にいない。
『秋葉リン様!? お電話ありがとうございます! 早速ですが、コラボの話し合いに移ってもよろしいでしょうか?』
企業には、企業イメージというものがある。これは、誠実であればあるほどいい。よって、こちらに常に選択肢を与える喋り方を心がけてくれるのだ。
特にクロノ・ワールは大企業。VTuberで企業といえば黒白の双璧と称される。
「あ、その前に……。私、秋葉以外のVTuberというものを不勉強ゆえに深く理解していないものでして、一度ご説明願えますか?」
ビジネスの間では、全ての人の一人称は私である。丁寧さの最上級を求められる場だからだ。僕が言うと、完全に女性と誤認されかねないが、この際それは置いておく。
『はい、基本的にVTuberは一種のアイドルとして扱っております。ですが、今回コラボしていただく、美月シズクは半分は芸人です。ですので、基本的にUtubeにBANされない程度であればどんな扱いをしていただいても結構です』
「芸人……ですか?」
芸人と言われても、イマイチピンと来ない。だって、僕はあまりテレビを見なかったのだ。
『はい! 今回のコラボのテーマはツッコミ不在の恐怖でして。ボケ倒すシズクと、純朴なリン様のコンビの化学反応をリスナー様がたに楽しんでいただこうと思っております』
こんなところにも、企業と秋葉家の違いがある。秋葉家は視聴者と呼ぶのだ。だって、見てもくれているから。対して、企業は多くがリスナーと呼ぶ。これはきっと、スラングなのだろう。
「なるほど……私が、純朴……ですか?」
『はい、全VTuberの中でも五指に入る純朴さと感じております。そのイメージを崩されないまま半年も続けてらっしゃるのは、圧巻です! そのイメージを崩していくきっかけにしていただくもよし、そのまま純朴を貫いていくもよしです!』
なるほど、僕にも得のある展開も用意してくれたわけだ。だけど、別に自分が純朴だなんて考えたこともない。つまり、これが僕の素である。崩せと言われても無理な話なのだ。
「えっと、多分イメージを崩すのは無理です」
『ですよね……。半年分のアーカイブすべて拝見させていただきました。一切ボロが出ないところから察しますと、おそらくそれが素でらっしゃるのかなと思っておりました。ぜひ、シズクに爪の垢などお分けいただけると……』
なんて、葛城さんはジョークを言った。
そして、ハッとしたように言葉を繋ぐ。
『いえ、もちろんシズクは手のかからない子です。VTuberとしてこそ芸人ですが、それは彼女がエンターテイナーだからです。本来の彼女はとても優しい子ですので、どうかコラボの話を受けていただけると……』
「分かりました! というか、最初から私は受けるつもりでいましたよ」
多分、クロノ・ワールは海外視聴者を獲得したいのだと思う。そして、僕は国内視聴者が欲しい。お互いがお互いの長所を補い合うこのコラボを断る理由はないのだ。
落とし穴に気づいていない今の僕には……。
『ありがとうございます! 早速シズクと話し合って予定を調整いたしますので、少々お時間いただきます』
「分かりました、では、また候補日が決まりましたらご連絡ください」
こうして、秋葉家とそれ以外のVTuberとが初めてコラボすることが決定した。
その後は、日常だ。昼食を食べて、僕はいつもの歌枠を開催する。
僕の収益は、ほとんどが歌枠によって成り立っているのだ。
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