秋葉狂騒曲

蠢動する欲望

第100話・道は開ける

『へー、そんなプロダクションがあるんだ』


 コラボ動画が公開されて四日後、一緒に歌ったことで僕とNecoroさんの距離は急激に縮んでいた。


「うん、だからアリアン・アルトのメンバーさえよければ多分すぐにでもプロになれると思う。もちろん、アリアン・アルトのまま」


 僕が勧めているのは、僕の弟の音楽プロダクションである『リバティー・プロダクション』、通称リバプロだ。実は、涼に言われたのだ。アリアン・アルトを紹介して欲しいと。


 アリアン・アルトにとってもリバプロに所属するメリットはあると思った。


『ぶっちゃけさ、アリアン・アルトをそのまま受け入れてもらえるなら、そうしたい。作曲者がいないまま、音楽サークル運営するのってぶっちゃけギリギリもいいところなんだよ。売れなきゃ赤字。だから、話してみたいかな……』


「じゃあ、ちょっと涼にも通話繋げるね」


『あれ? リンちゃん、嫌そうじゃない?』


 本音を言うと、嫌なのだ。だって、涼は僕のことを恋愛対象としてみている。実の弟にそんな目線を向けられたら、誰だっていい気はしないはずだ。


「あはは、そんなことないよ……」


 そうごまかしながら、僕は涼をThisCodeの通話に招待する。


 今日はきっと、お祝いの日だ。だから、僕自身の感情は無視。しっかりと、アリアン・アルトのプロへの道を応援したい。


『リバティー・プロダクション代表取締役の七瀬涼です。アリアン・アルトのNecoro様でよろしいでしょうか?』


 涼の第一声に僕は安心した。そして願った、Necoroさんの前ではまともな涼でいてくれることを。


『あ、はい。アリアン・アルトのNecoroです』


 瞬間凍結とでも言いたくなるほど、一瞬でNecoroさんの声は緊張したものに変わる。


『正直な話をしますと、私、七瀬涼はアリアン・アルトにとてつもない可能性を感じています。つきましては、アリアン・アルト様に専属の作曲家を加えさせていただき、当プロダクションのメンバーとして加入していただきたいと考えております。その際、グループ名もそのままアリアン・アルトを使わせていただきたいと考えております』


 僕に話した通りの内容を、涼はNecoroさんに敬語で伝えた。


 Necoroさんはアリアン・アルトのメンバー全員でプロになることを望んでいた。それで、涼はアリアン・アルトをまるごとそのまま欲しがった。作曲者もこれまでのアリアン・アルトの雰囲気を壊さない人選を約束した。


『アタシ達、全員でプロになれるんですか!? どんな作曲者さんですか?』


 それを、Necoroさんはどうにも信じられないみたいだ。


『もちろん、全員をお迎えしたいと思っております。ヴィジュアルに関係なく、その才能は輝くべきものですから。作曲者はアップテンポでロートーンな曲作りを得意としております。そうですね、おそらくGhowl様と似たタイプの方かと……』


 驚いた、そんな人材がどこに転がっていたんだか……。でも、多分これは決まりだと思う。


 こういうところはさすが涼だ。僕の弟だけあるなと感心した。素直に才能を認め、長所だけを見据えている。


『ちょっと、みんなと相談させてください! 多分、みんな乗り気になると思います!』


『もちろん、いつまでもお待ちしてますよ! ですが、あまり遅いとまた勧誘のご連絡を差し上げかねません。私、アリアン・アルトのファンになりまして……』


 なんて言って、涼は笑った。


 つまり、そういうことだ。多分、アリアン・アルトはリバティープロダクション所属になる。そして、これから僕とアリアン・アルトがコラボする時、それは企業案件になるのだ。


『あはは、説得するまでもないと思いますが、説得します!』


『色好い返事をお待ちしております』


 通話は、それで終わった。アリアン・アルトには新たな道が開けたのだ。


 さて、僕もいい加減これをどうにかしないといけない。


『株式会社クロノ・ワール

  秋葉リン様

 お世話になっております。

 株式会社クロノ・ワール、美月シズク担当マネージャーの葛城静音と申します。

 この度は弊社所属のVTuberである美月シズクとコラボを依頼でご連絡差し上げました。

 色よいお返事をお待ちしております。

 午前九時から午後六時の間で都合のいい時にご連絡ください。

 電話番号XXX-XXXX-XXXX』


 企業系VTuberにとって今や秋葉家は金……もとい、数字のなる木である。その中でも特に僕なのかもしれない。だって、僕は今や世界一のVTuberだ。国内だけでは到底手に入れることのできないファン数を誇っている。


「凛くん、通話終わった?」


「あ、うん。でも、企業系VTuberとのコラボどうしようか悩んでて……」


「受けたほうがいいとママは思うなぁ……。だって、凛くんって国内の視聴者数はそんなに多くないでしょ? 日本人のファンも増やしたほうがいいと思うんだ」


 僕は確かに、日本人のファンが少ない。それは、僕の今のファンの多くがシモンさんの拡散ツイートから来たものだからだ。当然、日本語を理解できないファンもいる。そういうファンは動画か歌枠にしか来てくれない。雑談枠には興味を持たないのだ。


 確かに、日本人のファンを増やすメリットは大きいと思う。僕だって、歌枠一辺倒になるわけには行かない。


 だけど、この決断は秋葉家に波乱を巻き起こす結果になったのだった。

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