第99話・エゴ・サーチ5

 トリ・トルムの動画が公開された次の日。いつものように午前の歌の練習をしていると、Necoroさんから通話がかかってきた。


『ねぇ、チャンネル登録者数えぐい増え方してるんだけど……』


 通話を取った僕にかけられた、第一声がそれだ。


 正直トリ・トルムは名曲だけど、歌詞は日本語で、海外の人からしたらとっつきにくいと思っていた。


「え? 本当ですか?」


 だけど、僕は忘れていた。そもそも僕には、海外のファンがいて、全世界の人にとって外国語なラテン語の歌こそが獲得のきっかけだったことを。


 最初から、超えてもらっていたのだ。言語の壁を。


 だからこそ、日本語という異国の言葉でも、海外のファンたちは気にせずに聞きに来てくれる。


 僕は、急いでトリ・トルムの動画を確認した。


 再生数1200万……。


 投稿したのは昨日の午後6時のことだ。だから、まだ一日も経っていない。


 これは状況的なことを考えてもMalumDivaをしのいでいる。


「うわ、再生数が」


『あ、マジ!? やっばぁ……』


 そう、これは本当に驚くべき結果だ。Utubeには最近ちょっとしたシステムアップデートがあって、一つの動画を複数のチャンネルで共有することができる。お互いにチャンネルを持つクリエイター同士が協力し合うことを推進するためのシステムだ。


『Necoroこんなに歌うまかったか? とか、うっせえわ! 成長したんじゃい!』


「いや、ほら、もともとうまかったけどって書いてありますから……」


 それは、動画についたコメントだ。


 そこからは、二人でコメント読み大会になった。


ライゼン

 Necoroこんなに歌うまかったか? いや、もちろんもともとうまかったけどヤバいレベルになってるじゃん……。てか、一緒に歌ってるの誰? 表現力がやばすぎるんだけど……

 初bread

  秋葉リンって言うVTuberです。俺の推しです。


わー!ぐわー!?

 うっわ、もうこれリンちゃんに歌唱力でついていけないわ……。うますぎ!

 ついて行ってるNecoroさんすげぇ……。


 やっば、マジこれやっば


入ってるぅ!

 同人の歌姫と、Vの歌姫のコラボかぁ……。


エレ子

 なんでこのふたりはプロじゃないんだろ……


 そのコメントを読んだとき、僕は気になって尋ねた。


「なんで、Necoroさんはプロにならなかったんですか?」


『あーそれはね……。アタシもプロになることは考えたし、実際に応募した。だけど、オーディションを通過したのはアタシだけ。三人とも、実力以外で弾かれた。花がないってさ……。知らねーよそんなこと! って思ったんだ。顔なんて関係ない、ただ音だけを聞いて欲しい。きっと、芸能界はアタシをアイドルにしたかったんだろうなぁ……。ガラじゃないのに』


 そう語ったNecoroさんの声は、少しだけ自虐的な響きを孕んでいた。


「確かにNecoroさんにはアイドルは似合いませんね?」


『お? リンちゃんも言うようになったじゃん?』


 でも、そういうことじゃない。Necoroさんは歌もうまくて、外見も綺麗だ。だけど、アイドルじゃない。


「だって、Necoroさんは歌だけで勝負する方が似合ってます!」


 踊ったり、外見を晒したりする必要はない。あれだけの表現と、歌唱力を持っているんだ。そんな付加価値はNecoroさんの歌を濁すだけだ。


 ステージに立って歌う、それはいいかもしれない。でも、ダンスは別の人がやるべきだ。Necoroさんがステージに立つなら、ちゃんとステージの上で歌だけに集中して、最高の歌を届けるべきだ。


『ありがと、リンちゃん。リンちゃんって人たらしだね?』


「え? えと……。そんなことないです」


『でも、アタシのことすっごく理解してくれてるなって思う。アタシが歌だけで勝負したいってわかってたでしょ?』


「あ。……はい」


 わかっていた。だって、二人で一緒に歌に向き合ったのだ。それは個性同士がぶつかり合いながらも融け合う行為。歌に対するNecoroさんの思いは嫌というほど伝わった。


 だから、なんとなく分かってしまったのだ。


『ありがと……』


 そして、僕たちはコメント読みに戻る。


 この日、僕の知らないところで、VTuber業界には激震が走っていた。理由は僕がNecoroさんとコラボしたからだ。


 それは、Utube内で初めて、秋葉家がそれ以外とコラボした最初の歴史だった。


 以前は小さく、注目もされなかった秋葉家。だけど、それは大きく躍進して僕を迎えた。そして、僕はその躍進に力を貸せた。


 今や、秋葉家はVTuber業界で無視することのできない大きな存在になっていたのである。

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