第98話・焔の雷

 一ヶ月が過ぎて、男性ホルモンの治療を初めてもう二ヶ月。声にも体にも、まだ変化はない。


 だけど、この一ヶ月、表現力には大きな変化がある。


「んじゃ、紹介するね! アリアン・アルトはアタシがNecoroって言う名前だけあって、全員がゾンビ系の名前なんだ。まず、ギターのWighdodo!」


「ワイトも、そう思います! ……と、失礼滑り散らかしました」


 Wighdodoさんはちょっとお茶目な男性だ。四角い縁のメガネに、髪型も短髪だから、とても真面目そうに見える。だけど、どうやらそんなことはないみたいだ。


「うん、ほっといて次ね。ベースのGhowl」


「よ、よろしく……」


 Ghowlさんはちょっと根暗な人で、性別は不詳。声も含めて、本当に男性と女性の真ん中みたいな人である。


「んで、最後。ドラムのZompig」


「ヲタ芸で鍛えた運動神経とリズム感でドラム叩いてみたら、なぜかバズった謎生物でござる!」


 Zompigさんは、古典的なヲタクに清潔感を持たせたような人だった。


 アリアン・アルトは確かにゾンビ系の名前の人が多い。だけど、動物の名前がそこに混じっているせいで、グロ可愛いイメージになる。


 動物の名前が混じっててよかった。僕はホラーが苦手だ。


 アリアン・アルトは、すごく個性的な人ばかりで、放っておいたら空中分解しそうだ。それをまとめている、Necoroさんはすごいなと思った。


「秋葉リンです! 今日はよろしくお願いします!」


 自己紹介も僕たちの番に回り、僕はそう言って頭を下げた。


「うちの姫ほどではなきにしも、破壊的な可愛さでござるなぁ」


「アリアン・アルトはヲタサーじゃねぇ!」


「ごっふぅ!!??」


 うん、個性的だ。主にZompigさんが。


 Necoroさんの膝が、Zompigさんの腰を正確に捉え、Zompigさんは悶絶する。だけど、その顔は何故か幸福そうだった。


「付き添いの、秋葉未散です!」


『作曲担当の秋葉龍太だ』


 秋葉側の参加者の自己紹介が終わると、いつの間にか復活してきたZompigさんがヘラヘラと笑う。


「個人Vの異能集団、秋葉とコラボとは……アリアン・アルトの伝説が始まったでござるな!?」


 その言葉にNecoroさんは、異を唱えた。


「伝説が始まったのは、アタシ達が初めてオフ会したあの日でしょ? 始まるのは、第二楽章だよ」


 さらりと言っただけの言葉。だけど、そこには熱があって、愛情があった。


 アリアン・アルトをつないでいるもの。それはNecoroさんの、無差別の愛だと僕は思う。


 繋ぎ留めるのは、いつだって愛なのかもしれない。秋葉家が秋葉家で在れる理由もきっと、ママの愛情だ。


「それで、リンちゃんは今第何楽章かな?」


 そんなこと、考えたことはなかった。だけど、今の僕が伝説なのならば、全てはママに出会ったあの日から始まった。


「第一楽章ですよ!」


 だから、僕は自信を持って答えた。ひと繋がりの変化の激流。それが、僕の第一楽章だ。


「よし、じゃ、始めよ! アリアン・アルトの第二楽章兼リンちゃんの第一楽章!」


 そう言って、Necoroさんは手で促す。みんな、定位置に着くようにと。


 Zompigさんがドラムスティックを打ち合わせて、合図をする。


 収録が始まった。


 思えば、遠くまで来たものだ。夢もなく、自分の輪郭すらわからないまま、感謝に突き動かされて前に動いた。歩き方もわからないまま、がむしゃらに目指し続けた。


 輪郭はわからなくても、夢を掴んだ僕がどこにいるのかだけはわかった。


 でも、夢に向かって歩くための才能という足は、人それぞれ形が違う。言われるまで、それが足なんだって気づかないことすらある。


 でも、僕にはそれを教えてくれる人が居た。その足に靴を履かせてくれる人がいた。


 高い壁に阻まれたこともある。迂回するどころか、逃げようとしたこともある。でも、本当の逃げ道は夢に向かっていく道だったのだ。


 そして、壁を超えたら、夢に描いていた自分なんて追い越していた。


 そりゃそうだ。だって、前に進むことが楽しくなって、夢中になって、夢を掴んだ僕のことなんて見てなかったから。


 だから一瞬、この一瞬を、僕は輝く。世界に刻み込む。忘れさせてなんてやるもんか。


 僕は今、ここで生きているんだから。

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