第97話・何が為
「ねぇ、リンちゃん。リンちゃんは何のために歌ってんの?」
歌い終わると、ふと、Necoroさんが僕に尋ねた。
その一瞬あと、Necoroさんは言葉を継いだ。
「あ、ごめん。悪い意味じゃないんだ。余りにも豊かな表現に、アタシ圧倒されちゃって……。正直、憧れた。アタシもリンちゃんみたいに歌いたいなって」
そういえば、何のために歌うか、そんなことを僕は考えたことすらなかった。
でも、考えてみれば答えはすぐに出た。
「作曲者さんと、聞いてくれる人の心を繋ぐためでしょうか?」
僕はそう願って歌っている。それは、ずっと無意識にそうしてきたことだ。
曲を作るにはたくさんのインスピレーションが必要で、インスピレーションは激情の一種だと僕は思っている。
激しい感情、それをたった五分足らずで表現する。計り知れないほどの密度の感情が、そこには詰まっているのだと思う。だから、僕はその全てを伝えたい。
だけど、逆に言えばそれだけ。僕の表現に、僕の独自性なんてものは無い。なぜなら、僕は歌っているとき、歌で心を染め上げているから。
「繋ぐため……か……。それができれば、苦労はないんだけどなぁ……」
僕にとっては、それが当たり前だ。僕は、ずっとそうして歌ってきた。
「Necoroさんは違うんですか?」
「うん、違う……。歌の世界に自分を混ぜて、ごまかしてるだけ。リンちゃんはその先にいるんだよ……。それは、完全な表現で、絶対的な世界観の共有。リンちゃんの歌は、作曲者の世界に誰も彼も無差別に引きずり込む魔性の歌」
なんて、Necoroさんは言うけど、僕はそう思わない。だって、自分を表現するということは素晴らしいことだ。
ふと思った。MalumDivaの後の歌。どれもこれも、MalumDivaを超えていない。僕の中にある感情の振れ幅は間違いなくあの時よりも大きなはずだ。
黄金時代を経験した。VTuberとして世界一の数字を手に入れた。その高揚感は凄まじかった。それはまるで、楽園をまるごと手に入れたかのようだ。
どん底を経験した。歌姫と呼ばれているのに、声を出すことすらできない無力感に苛まれた。手に入れた楽園が音を立てて崩れていくようにすら思った。
「もう一度、お願いします」
違いがわかった気がする。MalumDivaは僕と重なったんだ。だから、歌姫の顔は僕の顔になった。
偽らざる共通点。それを見つければ、そこにはきっと僕らしさが生まれる。仮面をかぶったままじゃ声がこもる。
外そう、歌に染まりきった仮面を。そして、僕は僕の歌を歌う。
「音源、かけるよー!」
二回目、音が始まる。
その音には感情がない。だって、これはDTMの音源だ。
確かにDTMは素晴らしい。楽器ができなくても、時間をかければ作曲をできてしまう。でも、その音はどうやっても人間の演奏に及ばない。そこには、感情がないから。
だけど、それが今は都合がいい。だって、自分以外の感情に惑わされないから。
「僕らは一瞬を夢見た。輝けるなら、それで満足、消えてしまっても構うもんか! 消えてしまっても、それは僕らの本望、刻み込め深く強く!」
作曲は、人生の中で生まれるインスピレーションの集合体だと僕はそう思う。僕も歌を作ったことがあるから。
歌うことだってそうだ。自分の人生を凝縮して注ぎ込む。それができるように何度も繰り返して歌う。
そんな練習の時間だけ考えても、歌の本番なんて本当に一瞬だ。
「擦れて、擦れて、零れて落ちて。何も残らないとしても……。それが、例えば、些細なことだとしても」
あぁ、なんだ。これも僕の歌じゃないか。
人生は長い。気の遠くなるような時間だ。悠久だ。それを、一瞬に流し込む。
それが些細な爪痕しか残せなくてもいい。それでも、願うんだ。一瞬を輝くために。
僕が居る。今ここに生きている。暗く沈むだけじゃ終わらない、肯定も喪失感もどっちも含んだ感情。なんて複雑なんだろう。そして、なんて素晴らしいんだろう。
「今この時を、灼き付ける為ただ、ただ!」
灼き付けよう。僕は雷だ。さぁ……。
「「鳴り響け雷鳴! 大きく強く! 刻み込め熱を! 銀の一矢を突き立てろ! 今の一瞬のために生きてきたから!」」
世界を自分に、自分を世界に落とし込んでいる。融けあって、重なり合って、混ざり合う。
今、僕はいる。この歌の世界に。いや、世界が僕自身だ。
すごい、本当にすごい歌を作ってくれたんだ。デュエットの歌だけど、それはトリオ。今はまだ、トリオ。
でも、このあとこの歌はカルテットにもクインテットにもなっていく。沢山の感情が乗って、世界が作られていく。
それを、僕はつなぎ止めたかった。
雷は電子の集合体。歌は、個性の集合体。同じなんだ。
歌い終わると、また、世界が変わった気がした。
「なんで成長するの!? その歌い方に、自分なんて混ぜたら普通不純物じゃん!」
「だって、Necoroさんが教えてくれましたから」
結局、僕ってこうなのかもしれない。感謝。いつだって、その感情は僕と一緒だ。
「もう、わけわかんない!」
僕とNecoroさんのデュエット練習は、お互いにお互いを高め合っていく。
僕の感情の爆発が、Necoroさんを誘爆させて、Necoroさんは言葉で僕を焚きつける。繰り返し、繰り返し、重なって歌うたびに世界が変わっていく。
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