第95話・Necoro
一度インスピレーションを得てしまったRyuお兄ちゃんの作曲速度は凄まじい。一聞で名曲とわかるような楽曲を、今回は二日で仕上げてしまった。
今回はクラシックよりも、ロックのテイストが強い激しめの曲調。それでいて、歌には物語があった。
楽曲が完成し、今日はNecoroさんをママが家に招いている。
「おじゃまー!」
扉を開けると、Necoroさんはそう言いながら部屋に上がってくる。
「いらっしゃい! 秋葉家以外でうちに来る人って初めてかも!」
「こんにちは! Necoroさん!」
僕もママもNecoroさんの本性をそこまで知っているわけではない。でも、Necoroさんの歌には表現の偏りがある。明るい感情の表現が得意なのだ。
そこから僕は、Necoroさんは悪い感情を抱く事自体が少ない人だという人物像を予想した。
「うっわ、めっちゃ光栄! つか、やっば! 部屋綺麗だし、ママ美人だし、リンちゃん可愛いし! エモしかないわ!」
そして、その予想は大体あたっている気がする。
Necoroさんは、最初にいいところをさがす人だ。そういう人は大抵、他人との人付き合いを、好感度の高い状態から始めるのだ。
「美人だなんて、ありがと! Necoroちゃんも可愛いよ!」
ただ、相手のいいところを探す。これに関して、ママもそうなのだ。他人のいいところを探さないと気がすまない人種である。
つまり、ママとNecoroさんには共通点が多いと思う。
「やめて、ガチ恋しちゃうから! てか、ママ呼びで本当にOK?」
「もちろん! 秋葉家の視聴者さんは、みんなママの子だよ!」
そう、秋葉家という概念は視聴者も飲み込んでいるのだ。
「ママぁ!」
今日もママは人たらしだと僕は思う。
「あらあら……」
そう微笑みながら、ママは抱きついてきたNecoroさんの頭を撫でていた。
Necoroさんはママに比べると少しだけ、背が低い。と言っても、ママは女性としては長身。だから、Necoroさんはきっと女性としては平均的な身長なのだと思う。
ここまでのことだけだったら、僕はNecoroさんにちょっと嫉妬したかもしれない。
「さて、じゃあリンちゃん! 歌おっか!」
だけど、Necoroさんはとても奔放な人で思うがまま振舞っているように見える。僕に対しての好感度も、やはり高いものだ。誘ってくる、Necoroさんの目はキラキラと輝いていた。
「はい!」
ただただ、誰に対してもガチ恋。そんなスタンスのNecoroさんの態度はとても心地いい。
「もー! リンちゃん固いじゃん!」
「あ、えっと……」
固いと言われても、困ってしまう。僕は、誰に対してもオフではこんな感じだ。
「まぁまぁ、きっとすぐ仲良くなれるから! 防音室に案内するね!」
「はーい!」
そんなわけで、僕たちはママに先導されて防音室に来た。
「うっはー! 家の中に防音室がマジである! すっご!」
Necoroさんの感想はまずそれだった。
「VTuberの家だと結構あるよ。 まぁ、うちの防音室は広いけどね」
VTuberの家に防音室がある場合は非常に多い。だが、基本的にはそれは小さな空間だ。
「なんで?」
「VTuberの放送から、急にサイレンの音が聞こえたら嫌でしょ?」
内部の音を外に漏らさないのは当然。だけど、外部の音を遮断する事こそVTuberにとっては大事である。
外部の音、それはつまり雑音だ。それを遮断して、VTuberという製品のクオリティを上昇させる。防音室は、そんな役割を持っているのだ。
「あーなるほど! プロいね!」
Necoroさんはそれに納得すると同時に、尊敬まで抱いたようだった。
「じゃ、ヘッドフォンつけてー!」
ママはそう言いながら、オーディオミキサーを起動する。
うちにあるのは、音楽の収録にも十分な録音機材だ。ヘッドフォンはアンプ端子だし、オーディオミキサーにはイコライザーも付属している。
「おっけー!」
Necoroさんがヘッドフォンをつけたのを確認して、僕もヘッドフォンをつけた。
「じゃ、音源流すね!」
練習開始だ。Necoroさんはどんな風にこの歌を歌うんだろう……。僕は、それにどんな風に表現を合わせるんだろう。
シンガーごとに、表現には特徴がある。でも、僕は自分自身の表現の特徴を、全く理解していない。あるいは、僕にはまだそれは早いのかもしれないと思った。
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