第94話・アリアン・アルト

「初めまして、秋葉リンのママ。秋葉未散です」


 実際に歌の練習をするとなると、同じ場所で一緒に歌ったほうがいい。


 今は、その練習のための打ち合わせが始まったところである。


『よう! 作曲、担当させてもらおうとか考えてる秋葉龍太だ。Ryuって呼んでくれ』


 実際、一つオリジナル曲を仕上げようと思うとそれなり人数が動く必要が出てきたりする。作曲、音源、MIX。この三つを一人で担当できてしまうRyuお兄ちゃんは、本当に才能の塊だと思う。


 ちなみに、Ryuお兄ちゃんに設定されている本名は秋葉龍太。非常にややこしいのだが、秋葉家にはヴァーチャル上の本名が設定されている。


「今回コラボさせて頂く、秋葉リンです」


 ちなみに、僕のヴァーチャルな本名は秋葉リン。本当は漢字も当てられているが、それは裏設定だ。


『うっはー! ここまで用意してくれんの? ぶっちゃけ、感激だわ。アタシはNecoro。同人サークル、アリアン・アルトのシンガーをやってるよ!』


 アリアン・アルトは音楽系同人サークルとしては大手と呼んで差し支えはない。そのアリアン・アルトが大手になれた理由がNecoroさんである。そもそも、アリアン・アルトはNecoroという歌姫を盛り立てるためのサークルだ。


 高い表現力と、ハスキーな歌声はNecoroさんの揺るぎない魅力である。


 そんなNecoroさんの出発点は、Utubeで歌のカバーを出したことだ。


 こんな人材が、同人界隈にいることが驚き。そんなレベルの歌唱力を持っている。


『おう、よろしく! んで、作曲なんだが、俺でいいか?』


 Ryuさんは作曲界隈では、今はそれなりに名が通っているらしい。秋葉家に拾われる前は、作った曲を公開することすらできなかったんだとか……。


『もち! ぶっちゃけさ、アリアン・アルトって作曲は外注なんだよ。どうしても、作曲家だけが見つけられなくてさ……』


 大手のアリアン・アルトではあるが、その実態は苦しいものだったようである。作曲家不在の音楽サークル。それは、オリジナル楽曲の作成にコストがかかる。元を取るためには、売上を上げなくてはいけない。


 シンガーであるNecoroさんは、アリアン・アルトのエースだけに、プレッシャーも感じただろう。


『よし、じゃあ張り切って作るぜ! なんか、イメージとかあるか?』


『リンちゃんの可愛さ全面アピで!』


 Necoroさんは、即答した。夏マケで会ったあの時、僕のファンだと名乗ったのはどうやら伊達ではないらしい。


『そのためにはNecoroにも格好良さをアピールしてもらわねェとな! まだ、Necoroの歌はちょっとしか聞いてねぇが、お前女にもモテるだろ?』


『あー、まぁぶっちゃけ?』


『だよなぁ! あの歌声は、ぶっちゃけかっこいいしな!』


 男を演じているが、Ryuお兄ちゃんの中身は立花お姉ちゃんなわけで。つまり女性だ。当然、女性的な感性を持ち合わせている。


 アリアン・アルトは女性シンガーのサークルながら女性ファンも多い。もちろん、男性ファンも当然いる。性別を問わず惹き付ける魅力をNecoroさんは持っているのだ。


「それで、練習なんだけど低輪まで来れる?」


『ん? 三駅!』


「それじゃ、歌の練習は家でやろうか!」


『がってん!』


 話はトントン拍子に進んでいく。練習は、ママの家で行うことになった。


 そこからは、作曲方面の話を詰めていく。


『んでな、俺はロックとクラシックをミックスしたような作曲が得意だ。今回はロックを主軸にしたい。で、俺の知り合いだとクラシックの楽器が多いんだ。そこで、エレキとかベースを扱える奴が欲しいんだが、Necoroに心当たりはないか?』


『ん? じゃあ、アリアン・アルトと秋葉音楽隊の合同ってことにして、ウチのメンバー使わない?』


『願ってもねぇな! でっけぇプロジェクトだ!』


 単純にシンガー同士のコラボになると思って蓋を開けてみたら、それはものすごい規模の話になってしまった。


「そ、そんなに話大きくして大丈夫ですか?」


『『問題ない!』』


 僕の心配を、二人は声を揃えて否定する。


『リン、お前はもうちょい自分の力を自覚しろ。お前のためなら、世界的に有名なオーケストラを動員しても元が取れるだろうよ! 世界一を掴み取った実力だ、誇れ!』


 よくよく考えればそうなのかもしれない。気が付けば、僕は世界一のチャンネル登録者数を誇るVTuber。それを、掴み取った力は歌だ。


『ぶっちゃけさ、アリアン・アルトの中にはアタシのせいでリンちゃん旋風がまきおこってるんだわ。コラボに誘われて、喜ぶ人しかいないね!』


 もし、それが本当なら、今回のコラボで損をする人はほとんどいないはずだ。僕はひとまず安心を得た。


「それなら、大丈夫そうですね」


 最後に一瞬全然別の話が始まる。


『ところでさ、いつになったらアタシにタメ語使ってくれるん? 放送じゃあ、みんなにタメ語だけど?』


「え、えと、あれはそういうキャラなんです! 放送中は、僕はみんなの弟ですから!」


 VTuberとキャラクター性は、切っても切れない関係だ。だからこそ、僕も表現の一貫として、キャラクターを貫くことができる。


『んじゃ、リン君今日から放送外でもアタシの弟ね!』


「そういう話は、ママを通してもらいます!」


『ちぇ、ケチ!』


 一応の危機は脱した。これからはコラボに向けても忙しくなるだろう。

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