第92話・難航する撮影

 メイクをして、服を着替えて、撮影の現場に入る。その瞬間が、すごく緊張した。だって、今日の僕の服はclockchildの中でも白系の衣装で、どちらかというと甘ロリに寄ったものだ。銀さんは、僕とは対照的に黒系。ゴシック調が強調された、いつものclockchildだ。


 そんな緊張も、次の瞬間には銀さんに打ちくだかれた。


「か、かわ! かわ!」


 語彙喪失。銀さんの反応を見れば、僕も決して似合っていないというわけではない

とわかる。でも、正直銀さんの方が可愛いと思うのだ。


 純銀の肢体に黒の衣装が栄える。それは、白と黒の世界で生まれたかのようで、その美しさは実に悪魔的だ。


「銀さんも、可愛いですよ!」


 と、素直に言ってみるものの、お互いに男である。すごく、奇妙な状況なのではないだろうか。


「はーい! 撮影入ります! まずは、手をつないでー」


 カメラマンの安田さんが言った。


「ぴ!?」


 そして、またしても情けない奇声を発する銀さん。


「ほら、銀さん。手!」


 そういえば、今回の撮影は仲のいい姉妹の設定で行うのだ。だから、今、僕は銀さんの妹なのである。


 性別という価値観は捨てよう。


 そして、僕は言い直した。


「ほら、お姉ちゃん!」


 瞬間、銀さんは脱兎の如く逃げ出した。顔を真っ赤にして。


「無理無理無理無理! おてて繋げない! 推しと手を繋ぐとか無理!」


 ここまで逃げられると、僕もさすがに傷つく。


「そっか……銀さんは、僕と手を繋ぐの嫌なんだ?」


 俯くと、銀さんは慌てて駆け寄ってきた。


「あ、違うからね! 緊張しすぎてるだけだから! つなぎたいから!」


 それなら、無理やりつないでも問題ないと僕は理解した。


「捕まえた!」


 これじゃあまるで策士だ。小悪魔だ。


 でも、傷ついたのも本当のことだ。だって、お姉ちゃんって呼ばれるのが流石に気持ち悪かったとか考えちゃったから。


「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい! おててちっちゃい! 柔らかい! あったかい! 女の子ってすごい!」


 銀さんは、すごく早口で変なことを口走る。だって、僕も銀さんも男だ。それに、銀さんの手はすごく柔らかい。本当に女の子の手だと錯覚してしまう。


「うーん……。Irisちゃん表情硬いね! 一回、限界まで緊張しちゃおうか? ハグシーンのリハーサルから!」


 安田さんはあまりに緊張した表情の銀さんにしびれを切らして、作戦を変更した。

 ハグシーン、それは銀さんが僕を後ろから抱きしめての撮影だ。メイクの力で、少しお互いの顔立ちを寄せているから、本当に姉妹のように見えるはずだ。


 僕は銀さんに背中を見せて、足を伸ばして座った。


「無理! 絶対無理! 出る! 心臓が口から出る!」


 流石に、僕もしびれを切らした。


「もう! えい!」


 先に僕が抱きつけば、少しはこの状況に慣れるはずだ。


 あ、すごいドキドキしてる……。抱きついただけで、血管が脈打ってるのが分かるくらい。


「きゅぅ……」


 そして、銀さんは失神した。


 そういえば、僕も初めてママと一緒に寝たときは、寝たというより失神したような感じだった。推しとの急接近は、心臓に悪いのである。


 最近、推しと長く一緒に居すぎて、僕はそれを忘れていた。


「あー意識失っちゃったかぁ……よし、Rinちゃん! Irisちゃんを膝枕しよう!」


 そんな銀さんを置き去りに予定になかったカットの撮影が始まる。


「え!?」


 僕は戸惑った。だけど、これはお仕事である。今こうしている間にも、カメラマンさんやレフ板持ちの人の時給が発生している。


「わ、分かりました!」


 僕はすぐに意識を切り替えて、銀さんの頭を膝に乗せた。


 思っていたより軽い。もっと重たいものだと思っていた。


「お、いいね! じゃあ、Irisちゃんの頭なでてみようか!」


 そう言いながらも安田さんはシャッターを切り続ける。


「はい!」


 僕は、銀さんの頭を撫でてみた。


 サラサラとした細い髪の感触が心地よくて、地肌は驚く程滑らかだった。


「ふふっ……」


 なんだろう、なんだか銀さんが可愛く思えてきた。眠っていると、本当にお姫様みたいですごく綺麗だ。


 彫像のような静謐な印象を受けるのに、それは熱を帯びててちゃんと生きているんだって伝えてくる。


 真っ白な長いまつげも、うっすらと朱に染まる唇も。まるで全てが冷たそうでいて、それなのに暖かい。


「Rinちゃん、その表情いいね!」


 いつの間にか、僕はそんな銀さんにほほ笑みかけていたのである。


 それから、ほどなくして銀さんは目を覚ました。


「え? あ? え? 天国?」


 そんな事を口走ったけど、でも、少しだけ銀さんの緊張がほぐれたような気がした。


「目、覚めました?」


 もし、そうなら、お仕事頑張ってもらわないと。僕たちはプロのモデルなんだから。でも、そんな銀さんも仕方ないなと僕はちょっとだけ笑ってしまった。


「はぅあ!」


 顔を赤らめる銀さん。これじゃあ、まるでヘンなことをしているみたいだ。


「ほら、撮影頑張りましょ? ね?」 


 そんな感じで、撮影は難航したけど、無事に終わった。


 銀さんがNGを出すのは珍しいらしくて、みんな苦笑したのであった……。

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