第91話・限界銀世界
次の日、僕と銀さんのコラボの日だ。昨日のこともコラボと言えるけど、本当のコラボは今日である。
「おはようございます!」
「おはよ、銀くん!」
現場入りをすると、そこに、白銀の少女が座っていた。その雰囲気は、神秘そのもので、触れ難い魅力を放っていた。
美しすぎるがゆえに、高嶺の花になる。そんなタイプの美しさを銀さんは持っている。
「ぴ!?」
だけど、その印象は次の瞬間砕け散るかのように消えた。
「ぷっ、なんですか!? ぴ!? って」
僕たちの声に振り返った銀さんは、それはもう目の焦点が定まらないまま硬直してて。しかも、奇声というにもお粗末な情けない声を上げた。
「お、推しが! が、画面から出てきちゃった!!!」
銀さんの方が、ずっと綺麗なのに。さっきまでの静謐さは何処へやらだ。
その態度は、まさに限界ヲタクそのものである。イメージぶち壊しもいいところで、それが可笑しかった。
でも、これで男性だって言うのだ。なんというか、僕の周囲では性別という概念が機能を放棄している気がする。
「へー、銀くんってこんなに可愛いんだ?」
その言葉に、ほんの少しだけ危機感を感じた。
「え!? ガチなの!? マジてぇてぇんだけど……」
僕のわずかなヤキモチを、銀さんは見逃さなかった。
僕のママへの恋心は、営業ではない。本当に、心の底から恋焦がれている。
きっと、男性ホルモンを投与し始めたせいだ。僕の体はゆっくりとであるが、ちゃんと男性へと成ってゆき、だからこそ恋心を理解し始めたのだろう。
「ガチって?」
ママが銀さんに尋ねる。心臓を冷たい風が撫で付けたように感じた。
「あ、いや、こっちの話! それより、リン君可愛いなぁ……。これで男だって言うんだから、性別ってどうなっちゃってるんだろ!?」
だけど、それを銀さんは内緒にしてくれて、おかげで少し安心した。
「ふふっ、銀さんがそれをいいます?」
本当にそうだ、銀さんはとっても綺麗だ。それこそ、女の人でもこんなに綺麗な人なんてそうそういないだろう。
だからといって、心が揺らぐわけではない。僕がママに恋をしている理由は、見た目なんかじゃない。
「まぁ、それもそっか! 俺も大概、女顔だしなぁ……」
「それはもう、すっごく!」
僕よりも、女顔だと思う。最近は、男性ホルモンも治療もしているし、僕も少しは男らしくなったはずだ。
「どっこいどっこいですよね……」
いつの間にか現れた楓さんは、そんな僕の思いを粉々に打ち砕いた。
「そうですね! 二人共、どう見ても女の子ですよね!」
更には、ママからの追い打ち。どうやら、僕はちっとも男っぽさを獲得できていないらしい。
「あ、楓さんじゃん! セッティング、本当にありがとう!」
銀さんの話から察するに、今回のコラボをセッティングしてくれたのはどうやら楓さんらしい。
「いえいえ、IrisちゃんとRinちゃん。うちのツートップのコラボなんて、絶対話題になりますから」
「え? 僕、ツートップだったんですか?」
もう、いつの間にかである。モデル活動を始めてからも、僕はまだ日が浅い。上り詰められたというなら、きっとVTuberとしての僕の存在が大きな力になったはずだ。
方や、銀さんはすごい。外見だけの力で、ここまでのし上がってきたのだ。そして、多分、今も外見の力だけで生活をしている。
「そうですよ、Rinちゃんは現在人気ナンバー2! その急上昇ぶりを考えると、今ウチで最も勢いのあるモデルです!」
「ちなみに、俺の推し!」
そう言って、銀さんは少年のように笑った。
いや、あるいは銀さんは本当に少年かも知れない。だって、身長も僕より少し高いくらい。ネットで年齢を詐称する人なんていくらでもいるのだ。
「珍しいですねIrisちゃんが、同業者を推すなんて」
「いや、Vのリン君を推してるんだ! 歌も、うまいんだよ! ギターやヴァイオリンだって……」
そこまで言ったところ、銀さんを楓さんが手で制した。足音が聞こえたのだ、それを楓さんは聞き逃さなかったのだ。
「Yuuziさん! 逃げないでくださいね!」
楓さんの怒声に捕まったYuuziさんが、曲がり角からやる気のなさそうな態度で出てきた。
「二人共、食えねぇじゃん……」
今日のYuuziさんは、お姉さんに見える。
「すぐ手を出そうとするのはやめてください!」
「へいへい! じゃ、Irisちゃん、メイク行こっか?」
Yuuziさんは少し優しい声を出した。
「メイクはいいけど、それ以外はお断り! 女に生まれ直して、巨乳になってから出直してこい!」
どうやら、Yuuziさんの女性的な今日のメイクは銀さん狙いだったみたいである。しかし、銀さんはYuuziさんの扱いがかなりぞんざいな気がする。
「さ、Irisちゃん。向こうで、話の続き聞きますよ……」
そう言って、楓さんも銀さんについていった。
もしも、これが銀さんがYuuziさんに手を出されることを心配してでなければ、二人は案外お似合いなのかもしれないと思った。
だけど、僕のメイクの時にもついてきてくれたから、多分手を出させないためだ。
銀さんとは、恋の相談で仲良くなれる気がしたのであった……。
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