第89話・審判

 ほどなくして、来る裁判の日。僕はママと一緒に傍聴席に居た。


 被告人は僕の実母だ。


 まずは、本人を確認するために、氏名、生年月日、住所、本籍や職業などが尋ねられる。裁判においてのこれを、人定質問と言う。


 それが終わると、次に起訴状の朗読が始まった。


「被告人、七瀬薫ななせかおるは、実子である被害者に対し、二人の男性に対して監禁することを依頼した。これは、刑法220条が定めるところの逮捕・監禁罪を教唆するものであり、刑法60条が定めるところの共犯に該当するものである」


 刑法60条、共犯について、にはこうある。人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。


 つまるところ、今回有罪が確定された場合、母は僕を誘拐した犯人と同等の刑罰を受けることになる。


 ついで、裁判官がその認否を尋ねる。


「被告人、この罪を認めますか?」


「バカバカしい! 私はあの子の母親よ! それが、罪になるわけなんてないじゃない! 早く家に返してちょうだい!」


 そう、吐いて捨てる母を見て、検事が手を挙げた。


「検事」


 法廷には手続きが必要であり、発言は裁判官の許可の元に行われる。それが、秩序なのだ。


「被告人は、無関係の男性二人に被害者の誘拐を依頼しました。自身が単独で犯行に及んだとしても、これは罪ではあります。ですが、男性二人を巻き込んだことにより事件性はさらに高まったものと思われます。また、日暮正直弁護士による接近禁止の内容証明もなされていることから、本件の事件性は明らかなものとなっています」


「なによ!? 母親が我が子をどうしようと勝手でしょ!?」


 それに反発するように、母は言った。我が母ながら、これは恥ずかしいと思った。


「被告人。法廷における発言は、許可のある場合にのみお願いします」


 それを裁判官が諌める。


 苦々しい顔をした、被告側弁護人である国選弁護人が挙手をした。連れてきているのが国選弁護人であることを考えると、事故の賠償金等は僕を誘拐するための依頼費として使ってしまったような気がする。


「被告弁護人」


「はい。本件は実の親子間での問題であり、その事件性は低いと思われます」


 今回のことで、無罪を主張するのであれば、やはりこれを親子間の問題とする必要がある。


 だが、無罪にしてしまいたくないのが検察側だ。


「検事」


「はい。この問題を親子間の問題と言うには、男性二人を巻き込んだことが障害となります。本件は、第三者による誘拐であり、それを教唆したのが被告人であるため、事件性は揺るぎないと思われます」


 一瞬の逡巡の後、裁判官は言った。


「検事の主張を認めます」


 これが、刑事事件であることが確定した瞬間である。


「検事、求刑を」


「検察は被告に対し、懲役5年を求刑します」


 逮捕・監禁罪は、懲役三ヶ月以上七年以内だ。それを考えると、かなり重い求刑がなされたことになる。


 それに対して、被告側弁護人が手を上げた。


「被告弁護人」


「本件は、親子の問題であり、事件性は薄いと思われます。また、実際の逮捕・監禁期間は数時間と短いため、不当な求刑です」


 被告側弁護人の仕事は、被告の罪を軽減することに変わっている。


 刑罰を実際に決める、この段階を最終弁論と呼ぶ。


「検事。反論はありますか?」


「はい。被告には継続的な監禁の意思が有り、目的は被害者の金銭であることが明確です。よって、本求刑は妥当なものであり、被害者の長期監禁は予想に難くありません」


 被告側、検察側の主張はぶつかることになる。


 裁判官はその間、証拠品を吟味しながらも、二つの主張を考えていた。


 僕としては、求刑は別に何ヶ月でもいい。反省さえしてくれるのなら、僕はもう両親を恨む気持ちはない。確かに、声を失ったりもした。でも、もう過ぎたことなのだ。だから、反省さえしてくれるなら、僕は二人を扶養する覚悟もある。言っても、僕にとって人間を二人養うなんてわけないことだから。


 そして、審判の時は訪れた。


「主文。被告人を懲役三年に処する。量刑の理由。本件は、明らかに不法な逮捕監禁であり、被害者に多大な身体的苦痛を与えたものである。これは、親子の関係を考慮したうえで尚、許されざる事例である。また、被告人に反省の色が見られないことから、執行猶予は無しとする」


 それに、母は反発した。


「まって! 有罪なんておかしいでしょ!? 親子なのよ!」


 それを、裁判官が一喝する。


「これは法廷の決定である!」


「まって! 待ちなさい!」


 そう言叫びながらも、母は警察官に連行されていった。連行されていく最中、母の表情はどんどんと青ざめていき、退室の瞬間には完全に観念をしたように思えた。


 こうして、僕が誘拐された一連の刑事事件は幕を閉じた。


「ねぇ、凛くん。賠償金はどうするの?」


 刑事事件の被害者には、賠償金請求の権利がある。それは、刑事事件とは別件の民事訴訟になる。だが、刑事事件が確定している場合、その賠償請求はほぼ確実に通ることになる。


 でも……。


「賠償金はいいや。だって、多分支払える能力があるなんて思えないから……」


 それに、どっちにしろ払うのは最終的に僕になってしまう。だから、もういい。


「許すの?」


「うん!」


 そう、僕は両親を許すって決めたんだ。ただ、反省だけはしてもらわないと。だって、またママに迷惑をかけるのは嫌だ。また誘拐されるのもごめんだ。だから、懲役三年は多分、とっても妥当だと僕は思う。


「そっか。じゃあ、帰ろっか!」


「うん!」


 だけど、黒歴史だ。両親が犯罪者だなんて。


 それはさておき……。


「ママ、甘いものでも食べない?」


 終わったのだから、少しは明るくなろうと、そう思った。


―――

※裁判の内容に関して、かなりディフォルメをさせていただきました

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