第80話・命尽きて

 後のことを全て、警察に任せて僕たちは家路についた。途中、Alenさんたちとは別れて、ママの家にたどり着く。


「お、おかえり……」


 そこには、外に出たがらないはずの立花お姉ちゃんがいた。


「た――」


 言いたい、ただいまって伝えたい。立花お姉ちゃんは、ここで僕のために何かをしてくれていたんだ。なのに、僕の声は出ないままだった。


「ぶ、無事で、よかったよ……」


 でも、それを伝える必要なんてなくて、言葉がなくても心を汲み取ってくれた。ただ、優しく抱擁されて、それがひどく嬉しかった。だけど、それだけに申し訳ない。


 声を失った歌姫ボクに何ができるだろうか……。その答えはどこにも転がってなかった。


「ただいま、助かったよRyu。掲示板の監視ご苦労様……」


 カゲミツお兄ちゃんが言う。柔らかく微笑んで。


「お、お安い御用だよ」


 そうは言っても、立花お姉ちゃんは震えていた。自分の家以外の場所が本当に怖いのだろう。


 どうしよう、ありがとうすら僕には言えない。


 そう困っていると、立花お姉ちゃんが僕にスケッチブックとペンを差し出してくれた。


 最初は外で正体がバレないようにするためのものだった。だけど、こんなふうに役に立つなんて思ってもみなかった。


「ひ、必要だろ?」


 立花さんはもうわかっていた。僕が声を出せなくなってしまったこと。でも、それに一切触れることなく、自然にスケッチブックを渡してくれた。


『ありがとう!』


 僕は、スケッチブックにそう書き込んでみんなに見せた。


「気にしないの!」


「応ともさ!」


「当然のことさ!」


「同じく」


「そ、そうだね。当然だよ」


 みんな、それぞれに反応を返してくれた。


 少し気になったことがあった。僕は、それをスケッチブックに書き込む。


『どうやって僕を見つけたんですか?』


 みんなが助けに来てくれるまで、あまりに早かったと思う。警察の捜索何日だったらもっと時間がかかっただろう。


「な、7ちゃんねるが、み、見つけたんだよ」


 そう言いながら、立花さんはパソコンの画面に7ちゃんねるのスレッドを表示した。


 それは、僕をものの数時間で救い出した英雄たちの軌跡だった。


【急募】秋葉リンがさらわれた可能性が高い【情報】

1:名無し

秋葉リンがさらわれた可能性が高い。とにかくハイエーヌを見かけたらナンバーを撮影してくれ。

ゆうかい.jpeg

なんばー.jpeg


2:名無し

わかった


3:名無し

情報以外の書き込みは控えよう。

ナンバーを撮影して、一致したらアップロードだ。


4:名無し

見つけた

この車.jpeg

今、国道○○線を走ってる。


5:デデデ

みっちーママがライブしてる。

このスレッドのURL貼った。


6:名無し

>>5 有能

ハイエーヌ.jpeg

高速に乗る気配はない。


7:名無し

ん? 放送主、この声、Ryuに変わったか?


8:名無し

みたいだ。情報はRyuを通して秋葉家に共有されてる。


9:名無し

くっそ、なんでUtubeのコメントには画像が貼れないんだよ!?

あやしいくるま.jpeg

さつえいいち.jpeg


10:名無し

嘆いてもしょうがねぇだろ! 追跡しろ!

今、扉越だ。

これ.jpeg


11:名無し

おい、これか? そのリンって子をさらった車

ナンバー.jpeg

ばしょ.jpeg


12:名無し

それだ! ファンでもないのに助けてくれてありがとう!

どうも、こっちに向かってる。

目的地……多分俺の家のそばだ。使われてない倉庫がある。

住所は江西区○○1丁目5-……こっから先がわからん。とにかくその辺だ!


13:名無し

近い、俺も行く!


14:名無し

行けなくてすまない


15:名無し

同じく


16:名無し

二人か……。どうにかなるか?


17:名無し

どうにかするしかないな


18:名無し

待て、定国とカゲミツと博が出発した。途中でAlenと若い衆一人拾うらしい。

合流しろってRyuが


19:名無し

わかった


20:名無し

合点!


21:名無し

報告、待ってる


22:名無し

武運を


 次のレスはそこから三時間後だった。


23:名無し

助けた。でも、こんなのってあんまりだ……。


24:名無し

何があった?


25:名無し

リンちゃんの声が、かすれてて、ほとんど出てなかったんだよ。


 スレッドにはまだ続きがあった。だけど、立花さんはモニターの電源を落とした。


「こ、これを共有して追跡した」


 どうやら、この先は見せたくないみたいだ。でもほんの少し見えてしまった、アレらが罵倒されているのを。


『なるほど、だから早かったんだ』


 こんなにたくさんの人が僕を助けようと必死で動いてくれたのは素直に嬉しい。でも、もう僕には恩返しができないのだ。ありがとうを伝えるための声を、僕は失ってしまった。


 悔しくてたまらない。だけど、無理して笑った。


 出ていこう。ママにも負担をかけるだけだ。


 声も出ない、お金も稼げない。どうやって生きていくかなんてわからない。今度こそ、悪い人に捕まってしまうかも知れない。死んじゃうかも知れない。


 でも、出ていこう。


 その日は、秋葉家六人でママの家に泊まった。


 みんな寝静まったのを確認して、僕は立ち上がった。テーブルの上に、キャッシュカードに暗証番号のメモを重ねて置いた。

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