第79話・失声

 どれくらいの時間だったかはわからない、だけど状況はわかった。僕が今監禁されている理由は全部、金銭だ。そして、僕を誘拐した金髪二人組は、僕の母親に頼まれてやっている。


 そこに、電話が鳴り響いた。


「はい、ご希望通り誘拐しました。はい、はい。では、今外に出ます」


 電話は短かった。だけど、僕はここから出ることができる。外の景色がわかるかも知れないと一瞬期待したが、目隠しをされた。


 担ぎ上げられる。


 足音が聞こえた。


 ドアが開く音。


 ――次の瞬間、周囲は一気に騒然とした。


「うわなんだおまっ!?」


「18時38分、逮捕監禁目撃により、容疑者と思われる男を私人逮捕! 及び、教唆犯と思われる女性に、任意待機を求めます!」


 何が起こったのかなんてわからない。だけど、僕は今誘拐した金髪男のじゃない手の中にいる。すごく優しく、まるで自分の意思で引き渡したかのようにほかの手に移った。


 目隠しがはがされる。


「だいじょうぶ!」


 僕は、博お兄ちゃんの手の中にいた。


 周りを見回すと、金髪の人を押さえつける定国お兄ちゃんやカゲミツお兄ちゃん、ママまでいた。


 他にも、Alenさんと夏マケで見た人が三人。全部で七人もいた。


 アレは逃げ出そうとした。だけど、すぐにAlenさんがアレの前に立ちふさがった。そして、カゲミツお兄ちゃんが言う。


「あなたが教唆犯である場合、この場で逃げることにより刑期が伸びる可能性があります。現行犯でないため、私人逮捕はできませんが、お引き止めはしておきます」


「なによ! 私はその子の母親よ!」


「ガムテープでこのように拘束する行為は実子に対してでも刑法220条が定めるところの、不法な逮捕に該当する可能性があります!」


 アレの反論にカゲミツさんは一歩も引かなかった。そもそも、法的に引く必要がないのだ。カゲミツさんは法律を誰よりも深く知っている。だから、その法から逸脱しない言い回しや行動で守ってくれる。


 その間にも、僕の拘束は博さんによって解かれていった。


「痛いところは?」


「な――い――よ――」


 なんで、なんで……。


 こんなに声がかすれて、小さくしか出ない。ほとんど吐息で、それはまるで無声音のようだった。


「大丈夫だ」


 そう言って、博お兄ちゃんは僕を抱きしめた。


 急に涙が出てくる。どうして……なんで……。


 僕はずっと冷静だった。冷静に状況を分析して、逃げる方法を模索して。なのになんで僕は泣いているんだろう……。なんで、こんなに胸が痛いんだろう……。


 張り裂けそうなのに。大声を上げて泣き出してしまいそうなのに、なんで僕の口からは声が出ないんだろう。


「う――ぁ――」


 そんなかすれた小さな声。だけど涙だけはボロボロと流れて。痛いのに、苦しいのに、それが声にならない。


 普通の声の出し方がわからない。


 さっき微笑んだじゃないか。嘘でも笑える程度にしか傷ついていなかったはずだ。


「ねぇ、怪我の確認は終わったの? 大丈夫なの凛くんは」


 満さんが今にも泣き出しそうな声で、僕に訪ねてくる。


「大丈夫」


 博さんはそう言って、僕を離して、そして満さんの耳元で小さな声で言った。


「多分、心因性失声症」


 僕の心のどこにそんな傷があるんだ。僕は普通だ。出ろよ、声。


「あ――あ――」


 どんなに頑張っても、かすれた吐息のような声しか出ない。


 なんで、なんで。僕はVTuberだ。低くてもいい、歪でもいい。声さえ出ればそれでいいのに。なんで……。


 こんなんじゃ、放送できないよ……。


「凛くん!」


 ママは、ずっと待ってたかのように僕を抱きしめた。


 変わって、博さんは電話をかけている。話している内容は僕の声を取り戻すための方法だ。それも、必死な顔で。


「大丈夫! 大丈夫だよ凛くん!」


 そう言って、ママは僕を強く抱きしめる。


 それでも意地だった。


「あ――あ――」


 出ろ、声出ろ。


 何度願っても、どれだけ必死に叫んでも、小さくてかすれてて、声なんて呼べるものは出てこなかった。


「大丈夫だよ! 大丈夫だからね!」


 ただ、ママにも、そう繰り返すことしかできなかったのだ。


 それから五分ほどして、警察が到着した。金髪男二人組は逮捕・監禁の現行犯で逮捕。そして、二人の証言によりアレも共犯として逮捕された。


 疲れた。


 僕に生きている価値なんてもうないのだ。声が出せなくて、放送をすることができないVTuber。それにどんな価値があると言うんだ。


 痛い。


 胸が、ズキズキと痛くて、どこまでも冷たかった。

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