第77話・それが秋葉家
その日、僕はちょっとだけ遅れてライブをやった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん! 来てくれてありがとう! 今日は、僕の相談に乗ってくれる?」
僕一人で決めるには荷が重すぎる。この声を褒めてくれた人がいっぱいいる。好いてくれている人いっぱいいる。だから、それを失うかも知れない。いや、失う可能性の高い決断は僕にはできなかった。
銀:どうした?
里奈@ギャル:なんでも言ってよ
デデデ:苦しい時に黙ってたら、視聴者激おこだよ?
さーや:聞くのは当然なわけよ! 言ってみ?
Mike:そもそも相談してくれるのが嬉しい件
Alen:それな
お塩:もちろん聞く
初bread:聞かない選択肢なんてないのだ
Ryu:言わねぇなんて寂しいこと言うなよ?
みっちーママ:みんなありがとう……
あぁ、秋葉家だ。視聴者さんたちも秋葉家だったんだ。だから、こんなにも暖かい。僕が今更何を言ったところで、きっとそれは変わらないんだと確信できた。
「えっと、僕は少し前に病院で検査をしました。そしたら、僕はインターセックスだったみたいです。でも、体は正常に男性で、染色体が女の子。そんなちぐはぐな体だったんだ」
言い終わってないけど、コメントは一気に加速した。
さーや:マジ? んで、ちっちゃいってわけ?
銀:栄養失調が原因じゃなくてとりあえず良かった
デデデ:虐待されるリン君とか俺耐えられねぇ
Mike:インターセックスかぁ……難病だなぁ
お塩:それで女性のような声をしてたわけだ。
初bread:天然のカストラート、と呼ぶのは不謹慎かな。
「で、僕はこのままだと一生子供が作れない体なんだ。でもね、男性ホルモンを注射することで、作れるようになる可能性があるらしいの」
パパになる。男だったら必ず夢に見ることだと思う。
それを聞いて、短絡的コメントは注射をすべきという話になった。だけど、一人だけ違った。
さーや:悩んでるのは、男性ホルモン注射で声が変わる可能性が高いってことだよね?
本当に、さーやさんは頭がいい。
「さーやお姉ちゃんの言うとおり。声が変わっちゃうかも知れない。今の、高い声はでなくなっちゃうかも知れないんだ……」
僕はこの声の歌い方しか知らない。だから、変わったあともおんなじように歌えるなんて思えない。
男は歌に不利なのかもしれない。だって、子供の頃に培った高音の歌唱法が、大人になると使えなくなってしまう。声変わり、それは残酷なことだと思う。いっそ、小さな頃から低い声で生まれればいいのに。
お塩:リンちゃんの武器は歌だけか? 悲しいよ、ギターのことが忘れられてる。
ベト弁:ヴァイオリンだってそうだ。あんなに綺麗な演奏を出来る人は世界で数えても少ない。
Mike:歌わなくても魅力的だ。シモンもそう言っている。
銀:外見も忘れちゃダメだよ。俺がお近づきになりたいレベルだからな!
僕の武器はどんどん羅列されていった。気が付けばもう、声なんてたった一つの要素でしかなかったのだ。
「僕が声変わっても、好きでいてくれる?」
嬉しくて、涙がこぼれた。たまらなくて、心が震えた。
帰ってきたのは肯定の嵐。とにもかくにも……。
Alen:今更声が変わったところで、リンちゃんは俺たちの最愛の弟だ
全部、そういうことだった。
愛されている。こんなにも深く。こんなにたくさんの人から、無償の愛をもらうなんて僕はVTuberになって良かった。
「じゃあ、僕は、男性ホルモン治療を開始します! 声が変わっちゃうかも知れない、今までみたいに歌えなくなるかもしれない! でも、僕はみんなのことが大好き! もう、たまらないんだ! 僕を、こんなに好きでいてくれるみんながいてくれて、支えてくれて! こんな幸せ、どこにもないよ!」
そんな僕を笑わせたのは、いかにも秋葉家らしいコメントだった。
デデデ:そろそろ声変わりの時期だなぁ
里奈@ギャル:まって、エモい! 弟が声変わりするとかエモい!
それはもう……。
「本当の家族じゃん!」
そう思って、差し支えのないようなコメントが幾多流れていった。
泣きながら笑った。幸せでたまらないようなそんな笑が溢れる。
こんな人たちを裏切るだなんてやだ。応えたい。どこまでも期待に応え続けていきたい。
だってもう、僕は秋葉家の末弟だ。
歌姫じゃなくなってもそれだけは変わらない。変えられない。変わりたくなんかない。
「決めた! 声が変わるまで! 僕はこの声を世界に刻み続ける! 歌い続ける! だから、いっぱい歌を作るんだ! まず聞いて! 凍傷!」
それから僕は歌った。どっちにしろ、声が変わらなくったって、いつか僕が表現しきれなくなる歌を。
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