第76話・MRI

 次の日、僕はまた博お兄ちゃんのいる病院に来た。


「よく来た」


 そう言って柔らかく微笑む博お兄ちゃんは、どこからどう見てももう僕を親しい人だと思ってるに違いない。つまり、弟だ。僕を完全に弟としてみているのだ。


「今日は検査お願いします! 博お兄ちゃん!」


 だったら、ちょっとこっちからも親しくしてみた。すると、博お兄ちゃんは小さな声でボソリと呟いた。


「可愛い……」


 と。


 ちょっとだけ、赤面して照れているみたい。大人の男の人が可愛いなんて思ったのは初めてだ。イケメンってすごいと思う。同性の僕にすらこんなこと思わせるんだから。


「博くん。凛くんのこと、ちゃんと見てあげてね?」


 でも、その声はママには届かなかったみたいで。それ以上に、ママは僕を心配していた。


「もちろん。MRI検査で、とにかく子宮があるかないかを確認しよう」


 それが、僕が男性としてこれからも生きられるかどうかの瀬戸際だ。


 その言葉の後、博お兄ちゃんは僕をちょっと注意深く観察した。


「な、なに?」


 それが恥ずかしくて、僕は博お兄ちゃんに聞いた。


「検査、俺がやる」


 そう言って、博お兄ちゃんは僕に手を差し出してくる。


「つなぐ?」


 僕の問に博お兄ちゃんは頷きを返した。だから、僕はその手を握った。


 博お兄ちゃんは、僕の手を握り返して、立ち上がる。


「ママもついてきて」


 そう言って、歩き出した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 僕たちは、MRIの検査室に来た。


「九条先生!? どうしてここに!?」


 それが、博お兄ちゃんの本名みたいだ。でも、九条なんて日本史で聞いたことがある苗字だ。確か、天皇陛下の摂政をやる人の名前。


 もしかしたら、お兄ちゃんは、お医者さんじゃなくてもすごい人なのかもしれない。


「この子のMRI、俺がやります」


「え!?」


 びっくりした。MRIは普通はお医者さんじゃなくて、別の専門技師の人がやるものだ。


「あー、えー……あ、ご親族ですか? この子の服、金具が多いですもんね」


「みたいなものです」


 そう言って、MRIの検査技師を博お兄ちゃんは追い出した。


「脱いで」


 追い出すと、博お兄ちゃんは僕に言った。


「うん……」


 さっき、金具が多いって言っていた。多分、レントゲンと一緒でMRIには金属がダメなんだと思う。金属のついているこの服は脱がなきゃダメだ。やましいことはない、これはお医者さんの医療行為なのだ。そう、自分に言い聞かせる。


「うぅ……」


 でも恥ずかしくて、顔が熱い。


「恥ずかしいって思うと、余計恥ずかしいよ! 凛くん、気合!」


 ママが僕をそう励ましてくれた。脱いだ服をママに預け、僕は検査ベッドの上に横たわる。


「すぐ終わらせる」


 博お兄ちゃんが言うと、機械が唸り出す。僕の下腹部のあたりを通過して、止まった。


「おわり。服着ていい」


 博お兄ちゃんが終わりを告げると、ママが服を持って僕のところに来てくれる。

 その服を僕が着ていると、ママはなにか悪い顔をしていた。


「男の子の下着っていうのもなぁ……」


「ひ……」


 もう、何を言わんとしているのかわかった。ママは僕に女性下着を着せようとしているのだ。ママは完全に僕を女の子にする気である。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 診察室に戻ると、そのMRIの画像を確認する。マウスをスクロールすると、僕のお腹の輪切り画像が次々と表示されていった。


「よかった。子宮はない。ちゃんと、前立腺がある」


 安心した。僕は外見はともかく、これからも男として生きていくことができるみたいだ。


「じゃあ、凛くんは体は完全に男の子?」


「未成熟だけど、うん。男性ホルモンの注射、男性機能を活性化させることができるかも知れない。将来、子供を作ることも可能かもしれない。でも、声変わりするかもしれない」


「え? 大人になっても声変わりするの?」


「女性の性別不合、FTMFemale ​to Maleというけど。その人たちは、男性ホルモンを注射することで声が変わる人がほとんど。それと同じ現象が起こる可能性が高い」


「そっか……」


 ママと博お兄ちゃんの会話を聞いて、僕は悩んだ。この高い声は今や僕の武器なのだ。それが、なくなってしまったとき、僕はどうなるのだろうか……。


「ゆっくり考えて欲しい。VTuberにとっては、ものすごく大きな決断」


 博お兄ちゃんはそう言って、難しい顔をするのだった。


 本当に難しい決断だと思う。今のソプラノの声が失われる可能性もある。


「わかってると思うけど、どんな決断をしてもママは凛くんの味方だからね!」


「俺も味方する」


 ただ、その言葉だけはどこまでも頼もしかった。

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