第75話・IS
それからの一週間は本当に、日常って感じがした。と言っても、僕の日常は四か月前とは大きく変わってしまっているけど。
朝に歌の練習、午後から放送、夜はママが放送。そんな日々だった。
その日、博お兄ちゃんからママに電話がかかってきた。
一言、二言話して、ママは電話をスピーカーに切り替えた。
『……聞こえる?』
相変わらず寡黙な人。だけど、声がすごく優しい。
「うん!」
僕が答えると、僕の身長が低い理由を博お兄ちゃんは話し始めた。
『染色体に異常があった。リン君は、インターセックス』
「インターセックス?」
それが、どういう意味なのかなんてわからない。お医者さんがセックスって言うんだから、それは身体的な性別の話だと思った。
『リン君は女性の染色体を持ってる。でも、なぜか男性として生まれてしまった。体は男性だから、成長期は中学生頃。でも、染色体は女性だから、小学生頃に成長期が訪れる可能性もあった。どっちの成長期にも成長して、非常に体が大きくなるケースもある。だけど、リン君はどっちの成長期も潰れてしまう結果になった。結果、リン君は成長期に起こる劇的な身長増加が起こらなかった。だから、体が小さい』
混乱した。だって、男として生きてきたのに、急に女の子だったなんて言われているようなものだ。
体は男なのに、設計図は女の子だなんて、そんなのおかしい。だったらなんで、僕は男として生まれてしまったのか。それが、とても疑問だった。
「博くん? それで、リン君の健康に問題はある?」
ママにとっては、それが一番重要なことのようだ。健康であることが。
『ない……と思う。一度MRIをとって、体内に子宮ができてしまっていないことを確認しないと、絶対とは言えない。でも、なければ経血が体内に溜まる可能性がないから大丈夫。もしそうなら、造膣手術をして、女性として生きる必要があるかも知れない。ごめん……』
それはとても難しい話だった。僕の体の中に、子どもを育てるための場所がある。そんなの、全く想像してなかった。
でも……。
「なんで謝るの?」
博お兄ちゃんは何も悪くない。僕のこの体がおかしいだけだ。
『もし、子宮があったら、前立腺がない可能性が高い。男性機能は一生芽生えない。ごめん』
博お兄ちゃんははまた謝った。
でも、それがそうだとしたら、僕は受け入れる以外の選択肢なんてない。それは、僕にとってちょっと辛いと思った。
ママと一生一緒に居たい。でも、僕が女の子になってしまったら、ママが僕を見る目が変わってしまう気もした。
それでも。
「博お兄ちゃんのせいじゃない!」
それだけは確かだ。
僕本人にとってだけなら、性別が変わることなんて大きな意味を持たない。だって、最近はかなり女の子扱いされる場面も多い。だから、自分が女の子にならなきゃいけないことだって簡単に受け入れられる。
「とにかく、MRIとって見てだね! 女の子かも知れないんだぁ……。女の子だったら、可愛い服着せて、甘いものいっぱい食べさせて。……あれ? 今と変わらない?」
その、ちょっととぼけたような言葉で僕の恐怖は瓦解した。
だって、今と何も変わらない。僕の普段着はゴシックロリータただし、甘いものは大好きで、いっぱい食べさせてもらってる。
もう、今の僕にとって、男だの女だの、そんなことは単なる特徴でしかないのかもしれない。
でも、ちょっとだけ不安だからもう一度聞いておこう。
「僕が女の子でも、ここに居させてくれる?」
「当たり前じゃん! 息子が娘になろうと、ママの愛は変わりません!」
そう、断言されてしまったら、僕にはもう悩む必要なんてどこにもないのだ。
そもそも当たり前かも知れない。ママには娘も息子も沢山いる。そしてどっちも、すごく愛している。それは、実の母親が、ただひとりの我が子に注ぐような、深い愛情。それを、多分十人全員に。
そんなママが、性別が変わった程度で、態度を変えようはずもない。
僕はちょっと怖がりだっただけだ。
『いつでもいいから来て。MRI撮る』
「うん! またリン君連れて行くね!」
『楽しみにしてる』
それで、電話は終わった。
ところで、よく考えると、病院の先生が検査結果を電話で伝えていいのだろうか……。だって、検査結果を伝える時、診察がある。診察にはお金がかかる。
そのお金が、電話だとかかっていない。つまり、病院のお金が増えないのだ。
多分悪いことだと思う。
「博くん、弟が可愛いみたい」
「え?」
「楽しみにしてる。なんて、あの子絶対言わないもん」
後から聞いた話、博お兄ちゃんは、僕がデビューするまで秋葉の末弟だったらしい。あれで、僕のことをすごく可愛がっている態度みたいだ。
でも、僕も博お兄ちゃんはもう好きになった。だって、あんなに優しくて、知的な大人だ。すごくかっこいいと思う。もちろん、他の秋葉のお兄ちゃんやお姉ちゃんも素敵でかっこいい。僕もおっきくなれるんだったら、みんなみたいになりたい。
―――――――
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