第74話・医V

「じゃあ、手つなご」


 手をつなぐのはいつものこと。だから、僕は何も考えずに、手を差し出した。


「あれ? いつもと違う握り方?」


「うん。恋人ごっこ中だからね! 恋人つなぎだよ!」


 そう言われて、僕の頭は爆発したようだった。


 それとは対照的に、ニコニコとママは笑っている。ごっことは言っても、こんなに恋人っぽいことをする必要はない気がする。


 そもそも、恋人のフリをするのは、涼の前だけでいいのだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 案の定、僕達が来たのは病院だった。


 受付を済ませると、僕たちは話しながら時間を潰した。


「デートで、病院なの?」


「うーんっとね、凛くんがどうしてその体なのか、そのせいで今後の健康状態に問題が起こったりしないか。それを、一回しっかり検査しないとって思ってね」


 言われていれば、僕がどうして小さいのか、そう考えないときはなかった。理由もいろいろ考えた。


「……両親は、調べてくれなかったんだよね?」


「あ、うん。全く」


 その理由に両親は興味を持たなかった。その頃にはちゃんと成長する弟がいたから。


 僕への愛情は消えて、全て弟へのものになってしまったんだと思う。


「そっか……なんでだろ。自分の子供のことなんて、全部知りたいと思うんだけどなぁ」


 ふと、気になったことがあった。


「僕たちのことも、全部知りたいって思う?」


 その答えは、余りにもはっきりとした形で帰ってきた。


「もちろん! でも、隠したいものにまでは踏み込まないよ! ママ、我慢するから!」


 我慢するって言っても、知りたいことはかわりないみたいだ。


「僕のことは、全部知ってもいいからね!」


 一番隠したくなるような部分はもう見られてしまった。両親のこと。あんなに金に汚い両親だなんて恥ずかしくて、それがわかった時はママと一緒だった。


 だから、別に隠したいことなんてもうない。そもそも、男として隠しておきたい部分が僕には無いみたいだから。


『七瀬さーん』


 そういえば、この苗字がちょっと嫌いになった。弟と一緒なのはいい。でも、母と一緒なのが嫌だ。久しぶりに呼ばれて、なんだかそんなふうに思ってしまった。


 診察室に入ると白衣のメガネをかけた男性が座っていた。


「ん? ママ?」


 こんなところにも秋葉家が居た。僕はもう、人を見たら一度秋葉家であることを疑ったほうがいいんじゃないだろうか。


「あれ? 博くんじゃん! なんでこんなところに!?」


「いや、こっちのセリフだ。風邪か? 今すぐ診察に移ろう。すぐに治すさ。ママに辛い思いをさせるわけにいかない」


 口調は硬い、だけど言葉の端々がいい人なのだ。つまりRyuお兄ちゃんはと同じタイプだ。


「いや、こっちの凛くんが、体が子供の時に成長しなかった理由を検査したいの。できる?」


「ん? リン? あぁ、末弟か」


 そう言って、博お兄ちゃんはしゃがんで僕に目を合わせた。


「兄だ、よろしくな」


 そう言って、柔らかく微笑んだ。


 びっくりした。


 口調からは想像もつかないほど、優しい表情をしている。


 間違いなく博お兄ちゃんも、優しい人なのだ。ただ、ちょっと寡黙気味なのだ。


「あ、初めまして! 博……お兄ちゃん?」


 お兄ちゃんと呼んでいいのかはちょっとわからなかった、だけど僕が言うととても嬉しそうにするのだ。呼んでいい、むしろ呼ぶべきなんだ。だって、喜んでくれるんだから。


「うん。じゃあ、まずは血液検査。いろいろ調べる。ごめん……」


「なんで、謝るんですか?」


「痛いから」


 そう言いながら、すごく申し訳なさそうな顔をする。もう、疑いようもないほど優しいお医者さんだ。


「相変わらず、クーデレだね!」


「からかわないで欲しい」


 そう言いながら、博さんの顔が真っ赤に染まった。


 僕は台の上に手を置き、二の腕をゴムで縛られる。数十秒もすると、肘の裏側に青い血管が見え始めた。


「行くよ」


 そう言って、博お兄ちゃんは僕に注射器を刺した。


 全く、痛くなかった。それに、一瞬で終わってしまった。


「えらい」


 終わったあと、博お兄ちゃんはそう言って僕を撫でた。


「全く痛くなかったよ?」


 もう、それはびっくりするほどに無痛だったのだ。刺された感覚はあった。だけど、感覚だけだ。実はとっても注射の上手な先生な気がする。


「そっか。よかった。結果は一週間くらいで出す。ママの電話に報告する……」


 多分、博さんの中では、理由の候補があるんだと思う。


「わかった、じゃあ電話待ってるねー!」


「お大事に。積もる話もしたい……」


 これで、診察は終わり僕たちは診察室を出た。


 待合室で、待ちながらママとちょっと話をする。


「寡黙だったでしょ?」


「はい!」


「あれでもね、VTuberやってる時はもっと喋るんだよ」


 秋葉博、お医者さん系VTuberだ。病気をみんなに正しく理解してもらって、病気を悪化させてしまう人を根絶するのが目標らしい。


 視聴者さんの多くは、実はお医者さんを将来の夢にしている人たちだ。医学に関して、ものすごく細かく説明してくれる。だから、長くファンをやってると、医大を卒業したような医学知識が身についてしまうのである。


 視聴者からは、二つの意味で先生と呼ばれているのがこの秋葉博である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る