第73話・秋葉神話大系
それからの日々はとても平穏だった。デビューして四ヶ月、それはとても忙しかったけど、少し落ち着いた感じだ。ママと二人で、のほほんとする時間も増えた。会話も増えた。
日課は、涼へのお断りから始まる。
『秋葉リン様へ、瑞葉プロダクション代表取締役の七瀬涼です。本ダイレクトメールはリン様に歌手デビューのお誘いです。当プロダクションにて、その愛らしくも美しい歌声を世界に届けてみませんか? 成功はお約束いたします。』
そこからは、歌唱印税の配当率など細かく報酬面が羅列されている。ちなみに4%だ。普通歌唱印税は1から3%らしい。それを考えると涼は多少無理をしてでも僕をプロダクションに引き入れようとしているのが分かる。
『申し訳ございませんが、私自身、未熟な身の上ですので、今回のスカウトの件は見送らせていただきたく思います』
それを送信すると、すぐ電話がかかってくる。僕は涼に電話番号を教えたのだ。
『なんでさ! リンちゃんとって最高の条件でしょ? わかった、4.5%出すから!』
僕が断っているのは別にお金の問題じゃない。
「涼が僕のことをリンちゃんって呼んでるうちは絶対に所属しない! 実の兄だぞ!? 健全なブラコンだったら許せる! でも、涼は僕をそういう目で見てるじゃないか!」
『無茶言わないでよリンちゃん! リンちゃんはすっごく可愛いんだよ! こんなの兄としてみるとか絶対無理! 男だったら性的な目で見ちゃって当たり前だから!』
「もう、僕は涼が何を言ってるかわからない! ともかく、それをやめない限り、僕は絶対涼のプロダクションに入らない!」
そう言って、僕は電話を一方的に切った。
こんな事を、最近は毎日やっている。
でも、逆を言うと、やめてくれれば入るつもりでいるのだ。だって、涼は僕にとって大事な弟だ。僕だって、ちょっとブラコンだ。方向性は健全だけど。
だから、涼が僕を必要としてくれること自体は嬉しい。
こんな事を言われているのに、縁を切らないのは、僕が涼のことを大好きだからだ。
「はぁ、早くまともな涼に戻って欲しいなぁ……」
僕は椅子の背もたれにもたれかかって天井を見上げた。
「リン君、お疲れ様……。涼くんもどうしちゃったんだろうね?」
ふと、戻るというのは間違いかも知れないと思った。小学校の頃、それは恋愛の概念が芽生える時期だ。マセた子ならその時期に男女のお付き合いというのを模索し始める。そして、彼氏彼女ごっこをするのだ。その頃から、涼は僕にそういう目を向けていたのだ。だから、それは、恋愛感情の目覚めとともに訪れたもの。つまり、元からということになる。
「涼……。なんで、こんな気持ち悪くなっちゃったんだろ……」
いくら涼のことが好きでも、それは兄弟愛だから、彼氏彼女ごっこに発展させるのは嫌だ。そもそも、僕は女の子じゃない。彼女にするなら、女の子にして欲しい。
「でも、突き放さないんだね?」
「うん、あれでも、僕にとってすっごく大事な弟だから」
本当に大事なのだ。だって、いつまでたっても大きくならない僕に、唯一愛情をくれたのが涼だ。だから、大好きなのだけは絶対に何をされても変わらないと思う。
「ふふっ、リン君も愛が深いね!」
「ママほどじゃないよ!」
それに、僕は今、正直に言えば、涼よりもママの方が好きだ。選ぶ場面なんて考えたくないけど、そうなったら多分ママを選んでしまう。
そこで思いついた。
「ママ、僕の恋人を演じてくれませんか?」
言っておいて、ものすごく緊張した。
「いいよ! じゃあ、まずデートだね!」
だけどそれはあっさり受け入れられた。そして、ママは張り切ってデートの準備を始めた。
だけど、その準備がどう見ても病院に行くものに見えるのはどうしてだろうか……。
「あれ? 気持ち悪くないの? ママでしょ?」
「うーん。ママはママでありながら、お姉ちゃんなんだよ?」
ともかく、そっちが気になって僕は先に聞いた。
帰ってきた答えは、VTuberのママを本当のママとして扱うことによって生まれた矛盾を味方につけたものだった。ママは実は秋葉家の三番目のVTuber。兄が二人居る。ママはママから生まれたのだ。自分で自分を産むだなんて、本当にVTuberの世界でしか起こらないことだと思う。
「あはは、もうよくわかんないや!」
だって、家族構成が複雑すぎる。リアルな話になんてできない。
「原始、母は体を持たなかった。二人の子を産み、その二人をみて、体が欲しくなり、自分の体を産みましたとさ。なんか、神話みたいでしょ?」
「秋葉神話的な?」
「うん、これママのファンスレに書き込まれたやつ。秋葉神話大系だって!」
「あはは! それじゃあ秋葉一族って神様じゃん!」
でも、神秘的な話だと思う。
「ちなみに、ママのファンスレってどんなタイトル?」
僕のファンスレは歌姫だの、怪物だの、才能の塊だのと言われている。
「秋葉神話スレだって!?」
「ママの名前入ってない!」
僕はそう言って笑った。でも、それは紛れもなくママのファンスレらしい。後で覗いてみたけど、ママは7ちゃんでは神格化されている。視聴者含めると、あまりに多くの人のママだからだ。
そこでは、ママはイザナミがこの世界に受肉したものとされていた。
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