第72話・三人ライブ

 五分前からは僕はBGM担当、その様子にカゲミツお兄ちゃんがびっくりしていた。


 それも当たり前だと思う、だって普通VTuber本人はいないタイミングだから。


 僕の場合は五分前行動、その五分を有効活用した結果だ。


「こんばんわー! みんな今日もお疲れ様! みんなえらいえらい」


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、来てくれてありがとう!」


 放送が始まった。


「みんな、六法全書は持ったか!? 今日も法律を楽しもう!」


 カゲミツお兄ちゃんの挨拶は、ちょっと面白い。まるで六法全書を武器みたいな言い方をしている。


 実際、カゲミツお兄ちゃんは武器にしてるけど。


 ちなみに、六法全書なんてどこにもない。あるとすれば、お兄ちゃんの頭の中だ。


「いや、しかしびっくりしたね。まさか生演奏で待機BGMやってるなんて思わなかったよ!」


「練習の成果発表も兼ねてるんだ! ヴァイオリン、買ってもらっちゃったから!」


 懐かしい。僕のヴァイオリンはベト弁さんに買ってもらった十二万円のものだ。最初は音を出すに苦労してたのに、今では即興だってお手の物。かなり手に馴染んだと思う。


「しかし、リン君ヴァイオリンすごい上手だよね!」


「ふへへ」


 褒められて嬉しくて、ついだらしなく笑ってしまう。


 そんな事をしている間にコメントは濁流のごとく流れていた。


銀;あー、笑い声が可愛いんじゃぁ~

デデデ:てかリン君ちょっと甘えん坊になった? 可愛いがすぎる!

初bread:そろそろカラーロに乗り換えよっか?

バッバ:今度こそおいちゃんが買うちゃるけぇ

ベト弁:リン君のヴァイオリン提供者は俺だ!

ダン・ガン:信じられるか? これでギターもうまいんだぜ?

お塩:プロ並みにな……。

さーや:あれ? さっきの生演奏なん?

みぽりん:録音音源だと思ってた……

智子:カゲくん結婚してー!

虎太郎:いつもお世話になってます、先生!


 ともあれ、カゲミツお兄ちゃんのファン層がちょっとわかった気がする。基本的に一般の人だ。法律に困った人と、結婚を狙う人に大別できる。


「カゲくんと結婚したいなら、まず、ママをどうにかしてね?」


 ママが怖い、笑っているのに、目が笑ってない。完全に過保護なお母さんの顔だ。


「ママ、それじゃあいつまでたっても俺、結婚できないよ?」


「結婚したいの?」


「うーん……。今は六法全書と結婚したいかな?」


 カゲミツお兄ちゃんはそう言って笑った。


「カゲミツお兄ちゃんって、女の子と付き合ったことあるの?」


「ないんだな、これが」


 カゲミツお兄ちゃんは、同類だ。女の子と付き合ったことない仲間だ。


「キスは?」


「あるわけないじゃん! いじめないで!」


 カゲミツお兄ちゃんはそう言って、がっくりとうなだれるフリをする。でも、別に悲しそうな顔もしてなかった。


銀:リン君、それは童貞を殺す言葉だ……

デデデ:てか、リン君無邪気になったね。尊死しそう……

林 Clioクレイオー:お仕事?

ダン・ガン:うわ本人でた……

康夫:先生をいじめるなー!

虎太郎:先生、侮辱罪成立させちゃってください!


 いけない、カゲミツお兄ちゃんのファンを敵に回しちゃった。僕の質問は、いけないことだったみたいだ。


「ごめんなさいお兄ちゃん! 僕、恋バナするの初めてだったから」


 そもそも、したことがないことを僕は恥だと思っていない。だって、具体的な部分を最近まで嘘だと思っていたから。


 それに、恥ずかしいのは、それをする時だ。あんなこと、僕にはできない……。


「家族相手に法律持ち出す気はないからね! あと、リン君。怒ってないからね! でも一つだけ。童貞は馬鹿にされる」


「童貞って何?」


 そういえば、そのことを僕は聞いてなかった。僕の性知識は、学校とママに教えてもらったことが全てだ。


「童貞は、いわば攻め込んだことのない兵士……イテッ!」


「バカなことをリン君に教えないの!」


 ママのチョップがカゲミツお兄ちゃんに炸裂した。


「ママ、チョップはないだろ?」


「はいはい」


 なんだか、今のカゲミツお兄ちゃんは三枚目だ。


「あはは!」


 ここは仮想世界だ。僕たちは今、肉親なのだ。それが、痛快に表現されているように思えた。


銀:秋葉家だなぁ……

さーや:え? 何このガチ家族……。みんな血縁?

デデデ:ネット上では血縁さ、みんなみっちーママから生まれてるからね!

智子:ということは……お義母さん!


「結婚を許した覚えはありません!」


 ママはピシャリとそう言い切った。


初bread:どう見てもただの家族だな……

バッバ:あれ? ホームドラマ見に来たんだっけ?

ベト弁:俺たち、Ryuの音楽の部分しか見てこなかったんだなぁ……

わー!ぐわー!?:人間的にも魅力に溢れるだろうよ。だって、あんなにいい歌が書けるんだぜ?

チャイが好きィ!:違いないや! ということでバンドやろうぜ!


 Ryuさんのファンたちが、Ryuさんを見る目にも変化があったみたいだ。


 バタフライエフェクト、化学の先生の余談だった。まるでその話のように、僕たちは知らないところ、意図してないところまで影響を及ぼしている。


 縦に横にと、影響が伝わっていく。まるで網を揺らすみたいだ。


「Ryuお兄ちゃんはとっても魅力的な人だよ! 僕の音楽の師匠だからね!」


 本当はお姉ちゃんだけど、みんなには内緒だ。立花お姉ちゃんが望むその時まで。


 その後も放送は続いた。今回の放送はちょっと忙しくて、それで、忙しさを忘れるほど楽しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る