第71話・仮想血縁
ママの家に着いたのは午後三時を少し回ったところだった。僕の身を案じて、カゲミツさんはママの家まで僕たちを送ってくれた。
「ねぇ、どうせだからうちでゆっくりしていかない?」
「いいのか!?」
「もちろん、ここは実家だよ?」
それはもう、本当の家族と相違ない会話だった。
「最高だね、ママ! でも、リン君はいいのかい?」
突然、僕に問われた。でも、その答えを出すのは本当に簡単だ。
「嫌がる訳無いじゃん! お兄ちゃんだよ!」
そうだ、何を遠慮していたのだろう。カゲミツさんはお兄ちゃんだ。同じ人をママと慕う以上、それはもう当たり前のことだ。
僕にとっては、秋葉家こそが本当の家族なんだと思う。だったらきっと、カゲミツお兄ちゃんと呼ぶべきだ。他の兄姉もそうだ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、としっかり慕うべきだと思う。
僕は、秋葉家の末弟なのだから……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
家に入ると、なんだか安心感がある。
「お邪魔します……」
カゲミツお兄ちゃんは、まだここが実家ということを受け入れきれてないみたいだ。
「もう! ただいま、だよ」
そう言って、ママは笑った。
「あ、そっか……ただいま」
訂正したカゲミツお兄ちゃんの顔は少しほころんでいて、どこか嬉しそうだ。
「おかえりなさい!」
そう、ママが言うから、僕もそれに続く。
「おかえり、お兄ちゃん!」
なんだか、都会に出ていってしまった兄を迎えるような気持ちになった。
インターネットの仮想世界、その中では僕たちは本物の肉親になれる。だって、同じママから生まれたのだ。だから、本当の家族のように振舞うのもおかしなことではないのかもれない。
いや、単に、それが心地いいだけだ。僕はただ、本当の肉親に捨てられた傷を癒すために、その理由を模索しているに過ぎないかもしれない。
そんな事を考えながら、三人、リビングに歩いていく。
リビングにたどり着くと、各々荷物を下ろす。
「ママ、ちょっとわがままが言いたい」
唐突に、カゲミツお兄ちゃんが言った。
「なぁに?」
ママの声に、それを拒む様子は一切ない。それどころか、どこか喜んでいるようにすら聞こえた。
「お母さんと一緒を、俺もやりたいんだよ。話は聞いてたんだけどさ、ちょっと羨ましくて……」
目を泳がせ、照れ隠しに頬を掻くカゲミツお兄ちゃんを、ママは笑い飛ばした。
「なんだ、そんなこと? もちろん、大歓迎だよ! 三人で賑やかにやろ? 凛くんもいいよね?」
と……。
僕に対する問、僕が拒もうはずもない事。だけど、それでもあえて問うのは、僕を気にかけてくれる証拠。音と一緒だ、小さく切り分けて見てみないと全てを把握できない。だけど、そうしてみれば、愛情ばかりが詰まっていることが分かる。
「僕はもう楽しみだよ!」
ともかくとして、僕はワクワクしていた。三人で放送なんて初めてだ。
それと、僕はやりたいことが思いついた。いつか、秋葉家全員と仲良くなって、秋葉家全員の放送がしたい。
だって、きっと素敵だ。まるでお正月みたいな雰囲気になると思う。問題は、外に出るのを嫌がる、立花お姉ちゃんだろうけど。
「やったぜ! ママ! リン君! 愛してる!」
そう言って、カゲミツお兄ちゃんは僕たちに抱きついた。
ちょっと思うのだけど、カゲミツお兄ちゃんの性格はまるで欧米人だ。陽気で、スキンシップがちょっと多い。
「わっ!」
急だったから、声が出た。でも、あったかくて、なんか楽しい。
「もう、カゲくんの甘えん坊さん!」
ママはそう言って笑った。
この場所にあるのは、家族愛だ。ブラコンとシスコンとマザコンをこじらせた家族で構成される、超濃密な家族愛。
「いいだろ?」
「もちろん!」
みんなそうだから、みんな拒まない。ママに至っては兄弟に対する感情と、我が子に対する感情が重なっているのかもしれない。それくらい、ママは嬉しそうにしている。
ともかくとして、僕はもっと甘えようと思う。
「お兄ちゃん! たのしみだね!」
それに、ちょっとはしゃいでいる。楽しみなんだ、仕方がない。
「あーもう! うちの末弟はアイドルだなぁ!」
そう言いながら、カゲミツお兄ちゃんは僕を抱き上げた。
体重が軽いせいだろうか、子供にするような抱っこをされてしまう。両脇を持たれて、そのまま持ち上げられるあれを。
「わっ! 力持ちー!」
僕だって37kgだ。そこまで軽いわけじゃない。それを、軽々と持ち上げられるのはすごいと思う。
「あれ? カゲくん鍛えた?」
「テニス始めた」
テニスは腕力だってそれなりに必要なスポーツだと思う。だから、僕は軽々と持ち上げられているのだろう。
「スポーツかぁ……」
地面におろしてもらいながら、僕は呟く。スポーツなんて、全然やったことがない。だって、僕の体育の成績は万年2だった。運動神経は壊滅的、でも一生懸命やったから、先生が2をくれたのだ。
「リン君好きなスポーツあるかい?」
「お兄ちゃん、僕運動音痴なんだ。絶望的にね! そうじゃなかったらダンスがしたいけど!」
ダンスだって音楽を表現する手段だ。僕は音楽に関することならなんでもやりたい。
「やってみればいいじゃん!」
「やってみて、だめだめだったの!」
僕はむくれた。
あれは、中学の時だ。ダンスの授業があって、僕は全く踊れなかった。足がもつれたり転んだりと散々だった。
会話は尽きなかった。暇な時間なんて一瞬もなかった。夕飯の時間も、ママの料理の美味しさの話題があった。ママの料理はプロ並みだと、カゲミツお兄ちゃんが言っていた。
だから、あっという間に放送開始五分前が訪れる。
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