第70話・お寿司

「いい時間だな、よし! お嬢様方、私と昼食ご一緒いただけませんか?」


 唐突に、カゲミツさんが言った。それはこれまで真面目一辺倒に見えていたカゲミツさんのイメージを崩す、お茶目な言い方だった。


「なにそれ!? 弟なんだけど」


 そう、言うなら坊ちゃんだ。こんな格好をしているけど、別に女の子になりたいわけじゃない。


「そうだった……リン君は本当に可愛いからつい……」


 僕の思考は最近中性化してるのかもしれない。可愛いって言われても、かっこいいって言われても、結局嬉しい。だって、どっちも褒められているのだ。


「間違えないであげてね!」


 満さんがそう言って、三人で笑った。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そんなわけで、僕たちは昼食を食べに来た。ハイヤーで……。


 贅沢だと僕は思う、だけど贅沢が許されてしまう収入を持っているのが僕たちだ。


 会場はお寿司屋さんだ。回らないお寿司屋さんなんて、僕は始めてた。


「あれ? 値段書いてない……」


「こういうお寿司屋さんは、大体時価なんだ。美味しいお魚が、いつも一緒って決まってないからね」


 高いお寿司屋さんではなく、どちらかというと漁場のお寿司屋さんだ。新鮮さを追求したネタはショーケースの向こうでキラキラと輝いている。もう、見るからに美味しそうだ。


「へー、ここがカゲ君のおすすめのお店?」


「そうだよ、ママ。ここが俺のおもてなしの場所! 今日の主役はリン君だけど、ママもいずれ連れてこようと思ってたんだ!」


 もう、本当に会話が親子のそれだ。


「とても若いママさんだね」


 板前さんが僕に耳打ちをしてきた。多分僕のこと、見た目通りの年齢だと思ってる。


「あ、実の親子じゃないんです。仕事の習慣でママって呼んでるんですよ」


 僕も板前さんにそう返す。


 でも、満さんは時折地獄耳で僕のその発言を聞いていた。


「仕事関係なかったらママじゃないのー?」


 ちょっと泣きそうになってた。そんな顔されちゃうと僕も辛い。


「本当のママって思ってもいいの?」


 思ってもいいなら、もう思ってしまいたい。だって、満さんは僕のことを本当に大切にしてくれる。それこそ、実の母親以上だ。


「思ってなかったんだ……」


 また、シュンとするから僕は慌てた。


「思っていいかわからなかっただけだから! これからは、本当のママだから!」


「これからは、凛君のママだよ?」


「うん!」


 ママはママだから、泣かないで欲しい。ママの泣き顔なんて、見たことないし、見たくないから。


「ちなみに俺は、ママのことは一目見た時からママだと思ったぜ」


 それもそれでどうかと思う。だって、ママとカゲミツさんは外見年齢も全然違わない。


「くぅー! これ、食ってくださいや! 俺、義理家族ものに弱んです!」


 それで感動しちゃう板前さんも、大丈夫かな……。


 ちなみに、出てきたのは白身のお寿司だった。


「えっと、これなんのお魚ですか?」


「クロダイって言うんだよ。ま、食べてみな?」


 と、板前さんが言うので、僕はそのお寿司にお醤油をつけて食べた。


 コリコリ、ジュワジュワ……。口の中がパニックだ。歯ごたえと、脂の甘みが美味しくてたまらない。ほっぺたが、本当に落ちてしまうと思うほど、美味しい。


「いいんですか? クロダイなんて、レア物でしょ?」


「いいんですよ! ほら、三人で食べてくださいや!」


 カゲミツさんの問いに、板前さんは剛毅に笑って答える。


 僕は、この美味しさを、みんなと共有したくてたまらなかった。


「これ本当に美味しいよ! ママも、お兄ちゃんも!」


 だから、僕は子供に戻ったみたいにはしゃいだ。だって、美味しいんだ。これは大自然の美味しさだ。料理の美味しさじゃない。


 でも、好きな食べ物にはランクイン決定だ。もちろん、一位は揺るがないけど。


「ほんと? じゃあ、ママも!」


 そう言って食べるママを僕は固唾を飲んで見守る。


 すぐに、美味しかったんだとわかった。顔がほころんだから。


「うーん! 美味しい!」


「でしょ? でしょ?」


 僕が美味しいと思ったものを、美味しいと言ってくれる。それだけでもとても嬉しい。それなのに、本当に心から美味しいと思ってくれているのだ。共有ができて、僕は本当に嬉しい。


「こりゃ、俺も食べなきゃな!」


 そう言って、今度はカゲミツさんが食べた。


「くぅー! 相変わらず、美味しいや!」


 カゲミツさんは食べたことがあって、美味しいことを知っていたみたいだ。


「でしょー?」


 でも僕は得意気な気持ちになった。嬉しいんだから仕方ない。立花さんにも定国さんにも食べさせたい。


 僕が見つけたわけじゃないんだけどね。


「うん、めっちゃ美味しい! でも、こんな美味しいクロダイってどうやって手に入れるんだろ?」


「そりゃ、釣ってすぐさばくんですよ! 鮮度が落ちやすいので、すぐ提供! 間に合わなきゃ、板が食っちまいます!」


 なるほど、どおりで美味しいわけだよ。ここのお魚は、とても新鮮なんだ。


「なるほど……漁場の強みですねぇ!」


 そのあとも昼食は続いた。ネタは全部板前さんにお任せ。今美味しい魚をどんどん握ってもらった。アオリイカはクロダイほどじゃないけど、僕のお気に入り。でも、サザエはちょっと好きじゃなかった。


 それを、ママとカゲミツさんは、美味しい美味しいと食べた。僕の味覚は、ちょっと子供なのかもしれない……。

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