第69話・満天の一等星

 実家から帰る途中、カゲミツさんは言った。


「怒鳴ってくれて助かったよね」


 今回はむしろ母に怒鳴ってもらうことが目的だったとまで言える。怒鳴ったことを理由に、僕が恐怖を感じたということにする。つまり、それを恫喝として扱うらしい。すると、内容証明郵便も、それを理由に接近しないことを求める物にできるらしい。


 これは、裁判で保護命令接近禁止令を求めるときには、この内容証明郵便が役に立つとのことだ。なにせ、どちらも接近しないことを求める訴えだ、主張の一貫性が保証される。


「うん……」


 だけど、やっぱり気が晴れない。


「怖くなかった?」


 満さんは、僕をいつも気遣ってくれる。優しい声で、心配の言葉を投げてくれる。


「少し、怖かった……。人って、簡単に変わるんだなって思って……」


 生まれた時は、小さな頃は、僕を愛してくれた優しい両親だった。なのに、今となっては鬼にすら思える。


 でも少しだ。両親が豹変するところを見るのなんて、もう二回目。一回目は僕の成長が止まった時だった。


 それは、身体的特徴で、僕にはどうすることもできない。なのに、両親は僕を責めた。方向性は違う、でも豹変という点は同じだ。懐かしさが恐怖を和らげている。


「簡単じゃないんだよ。リン君の変化はとても大きかったんだ。働けなかったのに、働けるようになった。ゼロだったものが百万にも一千万にもなった。それを想像出来てなかった人は、接し方を変えるさ」


 カゲミツさんの言葉で納得がいく。だから、満さんは変わらなかった。僕を拾った瞬間から、僕の可能性を考えていた。確かに、変わった時もあった。僕の歌を聞いて、その才能を伸ばすために全力になってくれた。後、キスをした時も少し変わったに入るかもしれない。


 どうされてもいい。そう思ってるのに、満さんは僕に多くを求めない。僕が求められてるのは、これからも一緒に居続けること。それは、僕ののぞみでもあるんだ。だから、求められてるなんて欠片も思ってない。


 僕にとってこれは、無償の愛だ。


「そっか、僕が変わったんだ……」


 それを置いて、よく考えれば変わったのは僕のほうだ。今や僕は世界一のVTuberで、お金も沢山稼いでる。その変化はまるで、別世界にでも生まれ変わったかのようで、母を責めるのもお門違いかも知れない。


 その考えは、すぐ否定された。


「でも、母親って、我が子を変わらず愛し続ける義務があると思うんだけどなぁ」


「え?」


 満さんのその言葉は、まるで決意のようだった。僕を変わらず愛し続けることを誓うような、そして、我が子ができたときも……。


「それができるのは、ママを含めた限られた人だって!」


 そう言って、カゲミツさんは笑った。


 僕もそう思う。だって、秋葉家で出会った人達はみんなすごく愛の深い人ばかり。それは、満さんの愛の深さの鏡写しだと思う。


 そうは言っても、僕が出会ったことがあるのは一部の人だけだ。僕には十人の、兄や姉がいる。みっちーママ、Ryuさん、定国さん、カゲミツさん。僕が知ってるのはこの四人だけ。


 ひとつおかしなことがある。みっちーママはママでありながら姉なのだ。僕が知ってる中では定国さんが、VTuberとして最も年長。ママはママなのに定国さんの妹なんだ。本当に、可笑しな関係だ。


「ママがおかしいの?」


「おかしかない! ただ、母親のかがみ。自慢のママってこと!」


 臆面もない賞賛を、カゲミツさんは満さんに送る。


「ふふっ」


 僕は思わず笑った。


「ん? リン君どした?」


「いや、秋葉家って素敵だなって思って」


 だから、嬉しかったんだ。僕がこんな素敵な家族に仲間入りできたことが。


「うん! 自慢できる子しかウチにはいないよ!」


 断言できる満さんは強いと思った。


「へへっ、俺だって自慢の息子だろ?」


「もちろん! カゲくんは、人を守る力なら秋葉家一だよ!」


 一番か……。満さんの一番、それはちょっと羨ましかった。


 そんな事を悩んでいるのがバレたのか、急に静かになる。


 気が付くと、満さんが僕を見ていた。


「凛くんは、人を感動させる力が一番ね。Ryu君は、作る力が一番。定君は人を集める力が一番!」


 そうか、満さんはそういう人なんだ。


「みんな一番?」


「もちろん!」


 やっぱり。みんな違って、みんな一番。そんな一番を必ず見つけ出すのが満さんだ。


 だから、家族自慢もみんな平等だ。平等に一等賞なのだ。


 それはやっぱり、眩しいほど素敵すぎると僕は思った。

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