第66話・多すぎる幸せ

 次の日の午後までに、実家を訪問する日取りが決まった。明後日だ。その日、僕は母に一度会い、その意図を探る。その時に、恫喝や強要などがあれば話が早いとカゲミツさんは言っていた。その場合、カゲミツさんから母に対して後日内容証明を送る。それで干渉が止まればよし、止まらなければその証拠を持って法廷に赴くことになる。法廷では保護命令接近禁止令を出せる可能性が高いそうだ。


 最悪、保護責任者遺棄罪を主張するらしい。僕には寒さを凌ぐ場所がなく、最悪凍死の危険もあったことから、生存に必要な保護をしなかったと判断される可能性が高いとのこと。この場合、僕の両親には刑事罰が下る。三ヶ月以上五年以下の懲役が課せられる可能性すらある。


 当然、これは僕も望まない。僕は両親と縁を切りたいだけで、陥れたいわけじゃないから。だから、できれば大きな声を出して欲しい。そして、出来るだけ強い言葉を使って欲しい。保護命令も視野に入れられるような。


 今日は、その日僕が放送をできない可能性についてしっかり視聴者さんたちに説明するための放送だ。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん! 今日も来てくれてありがとう! 今日はお知らせだよ!」


 放送を初めて、僕は言った。それこそ、元気いっぱいに。


 それは、視聴者さんたちに心配をかけないためだ。


銀:何かあった?

秋葉リンの兄:何かあった?

里奈@ギャル:何かあったなら、教えてよ



 みっちーママのファンだった人と涼たちからは、僕のそれが一瞬で見抜かれてしまった。それ以外の人は、いつもどおりの挨拶だ。


「あはは、古参の人たちにはバレちゃったね。実は、リアルでちょっとゴタゴタ。それでね、明後日放送ができなそうなんだ」


 取り繕っても、この人たちにはバレちゃうんだ。本当に、なんというか、嬉しいような怖いような。


デデデ:リアルは今ママと一緒だからそうそう悩みなんてあるはずないよね? っていうことは、ご両親?

秋葉リンの兄:あいつら許せねぇ……リンちゃん、俺も実家行くよ!


「もう、なんでバレちゃうかなぁ……。そう、親関連。詳しくは言えないけどね。後、お兄ちゃんは今回来ないで欲しいなぁ。今回は、弁護士さんも来るから大丈夫だからね!」


 デデデさんの推理にも困ったものだ。探偵とか向いてそうな気がする。でも、デデデさんが探偵でも、今回の件には関わってないと思う。だって、デデデさんはなんだかんだ僕のことを心配してくれる。だから、僕が嫌がることはしないはずだ。


 それと、涼が来ると、場がややこしくなってしまいそうだ。だって、涼は僕より強いから。


 体も大きいし、喧嘩的な意味でも強いけど、僕が思ってるのは精神的な部分だ。涼は僕に比べれば、まっとうに愛されて育った。だから、自己肯定感も強くて、行動力は言うまでもなく高い。だからこそ、波乱を巻き起こす気がしてならないのだ。


銀:帰ってきたらいくらでも愚痴聞く

里奈@ギャル:私たちは味方だからね


 そんな、古参ファン達の心強い言葉に比べて、Ryuさんのファンや新参の人たちは状況をつかみかねている感じだ。


 仕方ない、だって僕が家を追い出されたことを知ってるのは、2Dの時から僕を知ってる人たちだけだ。


「みんな、わからない話してごめんね! えっとね、僕、両親と仲が悪いんだ。正直、こんな事を言って思う所がある人もいるかも知れない。だけど、多分修復不可能かなって思ってる。見損なわれちゃうかな?」


 だって、親は普通恩人だ。普通の親は産んでくれて、自立まで見守ってくれる。最悪の時に助けてくれるし、人によっては成長を祝ってくれるだろう。


 僕の親は違う。僕の最悪を作ったのは、僕の親だ。死の淵に立つことが最悪じゃなくて、何が最悪といえよう。


 でも、それは思いがけず肯定だった。


初bread:なるほどね、だからMalumDivaがあんなに心に響くんだね。それなら、そう思って仕方ない。

バッバ:何があったかわからないけど、これどう見ても仕方ないんだよなぁ

さーや:大体理解したかも……。てかそれ辛いでしょ? 無理して笑わなくていいよ

みあ:さーや頭良すぎ。アタシには、これが仕方ないことってしかわからないや


 もっと、親は大切にするものとか言われるものだと思ってた。それで、縁を切る決断をしている僕は、多少罵倒されると思っていた。


 なのに、みんな察しがよくて、僕の決断があまりにあっさりと受け入れられてしまった。


「みんな……ありがとう」


みっちーママ:みんな、人の気持ちが分かる子ばっかりだね


 本当にその通りだ。僕のファンの人は、人の気持ちを理解しようと努力してくれる人ばかり。だから、ちょっと目頭が熱かった。


「僕はみんなが本当に大好き! 僕、絶対に放送やめないから!」


 そんな決意も固まる。こんな人たちに会える場所を無くしてたまるものか。


Ryu:おう! やめんな! 俺達はお前の放送が大好きだ。

みっちーママ:何をしても、リン君を守るよ!


 二人の言葉はとても心強かった。


銀:放送がなくなったら見つけ出す!

デデデ:世界のどこに居ようと、探し出す!

里奈@ギャル:だから引退宣言は、確実に!

ダン・ガン:無言引退は許さない!

メシマズ:我ら最古参の!

剣崎:リン君ファン!


「もう、おっかっしいなぁ、ははは! 戦隊ものみたいじゃん!」


 きっと、みんなはこうして僕を慰めてくれているのだ。無言引退なんて絶対しない。こんなファンたちを悲しませたくない。


 そもそも、引退なんてしないかもしれない。案外、死ぬまでVTuberだったりするかもしれない。


 今はただ、ファンたちが応援してくれるのが幸せだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る