第65話・カゲミツ

『なるほどなぁ、それで今更になって、その、リン君を探しに来たって認識であってるか? ママ』


「うん、今更。お金目的だと思うんだけど」


『まぁ、十中八九そうだろうなと俺も思うんだよなぁ』


 カゲミツさんは満さんからの相談をすごく親身に聞いている。口調はすごくくだけた感じだけど、声がすごく優しいのだ。


「最悪だよね。親が子供にお金を無心人にねだることしようとするなんて」


『あぁ、最悪だ。そこで、一旦リン君と話してみていいか?』


 カゲミツさんが言うと、満さんは僕に携帯を渡した。


「大丈夫、すごく優しい子だから」


 と、一言添えて。


 優しいのは口調でもうわかる。それと、満さんを本気でしたっていることも。だから、僕は迷わずそれを受け取ることができた。


「は、初めまして。七瀬凛です」


『初めまして、弁護士の日暮正直ひぐれ・まさなおです。秋葉カゲミツって名乗ったほうがいいかな?』


 優しく、微笑む顔が目に浮かぶような声でゆっくりと自己紹介をしてくれた。それは満さんに話すときより丁寧で、とても大人な人だなと感じさせられる。


『それで、リンさん。これは、いわゆる毒親問題です。ですが、今のところ実害なしということで当方は動けません。力になれないことを恥じ入るとともに、ひとつお願いがあります。できれば、実母であるお母様と一度面会いただくことは可能ですか? もちろん、その際は、私も同席させていただきます。弁護士としてではなく、あなたの友人として』


 すごい話だ。弁護士として動けないから、友人として動いてくれる。普通はこんなこと多分ありえない。でも、満さんを通してつながった縁のおかげだろう。


「わかりました」


 僕はお母さんには会いたくない。でも、一度会えばその後二度と会わなくて済むのなら、決心もつこうというものだ。


『それから、分籍をおすすめします。今はママと一緒に住んでらっしゃいますよね? そちらに籍を移した上で、戸籍上のつながりを弱くするのです。縁を切ることはできませんが、ご両親があなたの戸籍を参照することができなくなります』


 分籍なんて制度を僕は知らなかった。それは、こちらから両親に対して絶縁状を叩きつけるようなことである。


「それって一度会ったあとですか?」


『はい、そうなります。向こうの接近動機を知った上で絶縁する。これが、最も綺麗な方法でしょう』


 カゲミツさんはとても親身に僕の相談に乗ってくれる。そして、次々と解決への道筋を示してくれるのだ。


 全力で味方してくれる弁護士がここまで頼もしいとは、想像もしなかった。


「わかりました! 一度会います!」


 だからこそ、覚悟が決まった。一度会って、接近の理由を聞き出す。それが、一番いい方法だと納得したから。


『勇気あるご決断に感謝致します』


「でも、どうやって母と会いましょう?」


 それが問題だった。


『お母様のご自宅を訪問致しましょう。リンさんのご実家ですし、問題はありません』


「あ、そっか……」


 忘れていた、あそこは僕の実家だったのだ。思い出して目からウロコの思いだった。


『それと、最後に、関係ない話をよろしいですか?』


「あ、はい」


『お兄ちゃんって呼んでくれる?』


 急に態度が変わった……。視聴者の人たちが言う、兄堕ちな態度だった。


「え?」


『失礼しました。同じ秋葉家ですので、もっと気軽に接していただき、こちらからも気軽に接したいと思ったのです』


 次の瞬間カゲミツさんの態度は戻った。それは、繕っているように見えなくもないけど、でもカゲミツさんが兄堕ちしたとは考えられなかった。


「え、あ、はい! いえ、うん!」


 だから、秋葉家としての態度を僕は努めた。


『よし、じゃあお兄ちゃん頑張るからな! 任せてくれな!』


 なんだかその言い方は急に弟思いの兄のようになって、僕は笑ってしまう。


「ふふ、頼りにして……るね! お兄……ちゃん!」


 まだ呼び慣れてなくてどもってしまう。だけど、初対面の人にこんなことを言うの初めてだ。急な豹変に、僕はリラックスできたのだ。


『お、おう! がんばるぜ! ふへへへへへへ』


 ちなみに、このあとからカゲミツさんは僕のファンになってしまう。完全に兄堕ちしたのだった。


 通話が終わり、満さんへ携帯を返した。


「大丈夫?」


「会うこと? 大丈夫だよ! ひとりじゃないもん!」


 カゲミツさんは頼もしい味方だ。弁護士、それは一般人に比べて圧倒的に法律の知識が高い。カゲミツさんに至っては、スパチャの相談に対して、その場で法律が口から出てくるような人だ。だから、僕の両親から僕を法で守ってくれるはずだ。


「そっか……。当日は三人で行こうね!」


「ママも来てくれるの?」


 満さんが来てくれるなら、僕の勇気は支えられる。こっちも、すごく頼もしい味方だ。


「もちろん!」


 満さんは、実は僕の両親に対して、強い敵愾心てきがいしんを抱いているのだった。


――――


敵愾心てきがいしん=ヘイト・敵に対して抱く憤りや、争おうとする意気込み。

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