第54話・五ヶ月ぶりの携帯

 僕の夏マケは終わった。その次の朝のこと……。


「ねぇ、なにかしたいことはない?」


 満さんは僕にそう尋ねた。


 そういえば、という話を思い出して僕は咄嗟にあげてみることにした。


「したいこと、じゃないんだけど……僕、そろそろ携帯持てないかな?」


 ないと、何かと不便だと思っていた。チャンネルの収益も安定してとても高い。だから、携帯を契約してもいいんじゃないかと思った。


「ごめんねぇ、リン君! リン君も欲しかったんだね!?」


 その反応に僕は驚いてしまう。確かに携帯が欲しいと言ったことはなかったけど、多分、満さんには携帯に興味がないと思われてたんだと思う。


 そもそも、最初の頃携帯について言及しなかったのはお金が無かったからだ。別に、携帯に興味がないわけではないのだ。


「そろそろ、自分のお金で契約できそうだと思ったから」


 今更言いだしたのは、それが理由である。


「自分でやるの? いいんだよ? ママ契約してあげるよ?」


「ママは僕に甘すぎだと思うなぁ……」


 満さんは、僕がおねだりしたら、買ってくれないものは無いような気がする。もちろん、実現可能な範囲でだけど。


「ママだから!」


 それは、とても暴論だと僕は思った。


「それで、ココモでいいかな? ママココモだから!」


 僕は正直携帯会社はよくわからない。でも、実家は、やわらか銀行だった。


 でも、どうせならママとお揃いもいいなって思っちゃう。だから……。


「うん!」


 僕はココモにした。


「じゃあ、ココモショップ行こうか!」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そういうわけで、ココモショップにやってきた。移動は相変わらず車だった。


 それから、マスクとサングラスも忘れちゃいけない。これでも一応芸能人でもあるから。


「凛くんはどれがいいかなぁ? 外出が少ないから携行性より、視認性を重視したほうがいいと思うんだよね!」


 びっくりしたのが、愛フォーンが14まであったことだ。追い出される前、僕が持ってたのなんて7だったのに……。


「あ、リン君愛フォーンユーザー? 私もだよ! これ14!」


 確かに、よく見てみるといっしょだ。


「僕、これがいい!」


 お揃いだなんて嫌かなと思ったけど、それは杞憂に終わる。


「ふふふ、お揃いだね! 色、何にしよっか?」


 と、嬉しそうだからよかった。


 僕の好意は決して一方通行じゃないんだななんてことを、こんな些細なことで確認した。


 秋葉リンのイメージカラーはピンクだ。コンセプトが愛らしい歌姫だから、そうなっている。でも、流石に僕にピンクは似合わないような……。


「おすすめはなにいろ?」


 僕には好きな色がない。というより、全部の色が好きだ。全部好きだからひとつに絞れない優柔不断なやつなのだ。


「うーん、ママの好みだとピンクかなぁ……男の子だし、ピンク恥ずかしい?」


 ちなみに満さんのは水色だ。つまり、満さんは僕にピンクが似合うと思ってるみたいだ。


 でも、こうまで聞かれてしまうと逃げ場がない。


「うーん、ママがおすすめなら、僕、ピンクにする!」


 そう言いながら、僕はピンクの愛フォーンの交換券を手にとった。


「それじゃあ、カバーも買おっか! ブック型がおすすめかなぁ、画面が割れにくいの」


 そう言いながら、満さんは売り場を進んでいく。僕もそれに続いた。


 いろんなカバーがあった。シリコンの透明なやつから、ラメがギラギラしたやつまで。でも、僕はその中でひとつ気になったのがある。


「あ、これどう!?」


 それは、魔法書みたいなデザインのカバーだった。僕はファンタジーが大好きだ。まぁ、ママの次だけど。だから、こういうアクセサリーは心を惹かれる。


「うん、似合うかも! 魔法少女みたいで!」


 う、僕これでも大人なんだけどなぁ……。


 でも仕方ないか、僕の外見はスカウトされちゃうくらいに女の子だし……。


 別に似合うならいいや、好みでもあるし。


「じゃあ、これにしちゃお!」


 男は思い切りだ。


 その日のココモショップはガラガラだ。マンケ中だってこともあるだろう。だから、並ばずに手続きに移れた。


 銀行口座や、個人情報を書いて最後にサインをした。これで、この愛フォンは僕の携帯である。


「苦節……苦しくなかったや……。でも、五ヶ月ぶりの携帯だぁ!」


 くだらないところで、案外大事なことに気づいたりもする。


「あ、そっかもうすぐ半年だね!」


 それはよくあること。自分で口走っておいてなんだけど、あの日から五ヶ月経つことを思い出した。


 そして、満さんはそれをもうすぐ半年と言った。半年、節目が近いのかもしれない。


 僕は、この生活がもっともっと長く続けばいいと思っている。

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