第45話・フルーツパーラー

 苦谷には、いろいろなスイーツショップがある。スイーツ、結構憧れの響きだ。スイーツと言うと、小さな頃に両親に買ってもらったソフトクリームくらいで、あとは記憶にない。


 仕方がない。僕がまだ愛されていた頃、小学生だった頃。弟はまだ手がかかる時期だった。


 弟でふと思い出す。そういえば、弟が中学生になった頃、駄菓子を沢山買ってきてくれて、二人で駄菓子パーティーをした。楽しかったし、嬉しかった。結構何度かあって、僕は弟のお小遣いが心配だった。


 そんな弟も、高校卒業と同時に家を出ていってしまった。『少しだけ、待ってて』その言葉を残して。


 そんな思いでの連想ゲームをしていると、満さんがふと言った。


「凛くんって果物好き?」


 果物も小さい時の記憶しかない。でも、食べたことのある果物は全部好きだった。


「はい!」


 だから、僕は答えた。


「じゃあ、ここにしよっか!」


 そのお店は、フルーツパーラーと書かれた看板を掲げていた。


「はい!」


 なんだか、ワクワクする。フルーツでスイーツだ。美味しくないわけがない。頭の中ではバナナがアイスでコーティングされている。絶対美味しい。


 満さんに続いて、お店に入ると雰囲気はまるで喫茶店だ。


「ボンジュール、マドモアゼル。こちらの席へ……」


 店員さんは、初老の男性で、背が高くて、バリトンボイスが渋かった。


「お店選び間違えたかな……」


 でも、満さんは不安そうな顔をしている。


「えー? 僕、いい雰囲気のお店だと思うんだけどなぁ」


 今は満さんと二人きりだ。なれるために、積極的にタメ口を使わないと……。


 店員さんも、お店も落ち着いた雰囲気で、なんとなく色気を感じる。僕の感性が貧しいのが原因かもしれないけど。


「だって、マドモアゼルだよ? フランス語でお嬢さんって意味」


 それは確かに恥ずかしい。こんな格好だけど、僕だって男だ。でも、女の子に見られても仕方ないかもしれない。だって僕、子供向けゴスロリブランドのモデルだし……。


「あー……その……軟派な人?」


 これは、一昨日立花さんの家に調律の手伝いをしにいって聞いた言葉だ。もちろんついでに楽器の基礎知識ももらってきた。


「うーん、ここが八本木とか金座ならわかるんだけどね……。苦谷だからね!」


「そっか、じゃあ、別のお店にする?」


 僕の言葉を合図に二人で席を立つと、店員さんが飛んできた。


「待って! マッテ! 当店、フルーツの味なら絶対の自信有りですから! 正直、私自分のお店を持てて浮かれてました……。でも、食べて! なんでもいいから食べてください!」


 それがあまりにも必死で、僕は笑いそうになってしまった。今はちょうどお昼どき、スイーツ店が一番盛り上がる時間ではないがお昼代わりにスイーツという人もいるだろう。なのに、ガラガラな店内を見ると、繁盛してないのは一目瞭然だ。


「そこまで言うなら……」


 僕は、だったら味さえよかったらツブヤイッターに写真でも投稿してみようかなって気になった。


「まずかったら、わかってますよね?」


 満さんの声は身の毛もよだつ怖い声だった。


「は、ハヒィ! ごごご、ご注文は!?」


 店員さんはもう完全に、ガクガクと震えていた。


「じゃあ、僕、このおすすめフルーツミックスセットで」


 よくわからないフルーツが多いから、僕はメニューの一番上のそれを選んだ。


「じゃあママもそれ! まずかったら一番言い訳できないから!」


 そう言いながら、満さんはすっごく悪い顔をしていた。


「はい、おすすめ二つですね! すぐお持ちします!」


 それでも、店員さんは余裕綽々の表情で厨房に入っていった。


 満さんは月二百万円を稼ぐ超お金持ちだ。そんな人相手に味で勝負なんて運がないな、なんて思った。


 少しして、注文したおすすめフルーツミックスセットが運ばれてくる。ブルーベリーにラズベリーソフトクリーム、それにバナナやパイナップル、マンゴーまで載っていてとっても豪華だった。それに紅茶だ。これがまた甘い香りで、すごく美味しそう。


 VTuber心得その一、見た目でバズると思ったら写真を撮れ。といっても、僕はまだスマートフォンを持っていないから、満さんにとってもらう。


「じゃ、撮るね!」


「ありがとー!」


 写真を撮ったら今度は実食だ。


 僕はラズベリーソフトクリームをスプーンですくって口に運ぶ。


「!!???!?!?!」


 爽やかな酸味、ほのかにソフトクリームのバニラな匂い。甘い、酸っぱい、美味しい。でも、口の中が少し酸味な感じがする。


 そうすると、紅茶が魅力的に見えるのだ。


「おーいしい! こんなに美味しいなら、味に自信も納得!」


 満さんも味に大満足みたいだ。だって、こんなに美味しいものスイーツでは食べたことがない。


 紅茶を飲んでみた。こっちはコクが強くて、渋みが柔らかい。酸味を洗い流して、新たな甘味を求める口にしてくれた。


「すっごく美味しいです!」


 本当に、味がたまらない。生のフルーツもとても美味しい。


「なるほど、酸味が強い果物が多いから、アッサムかぁ……いいお店だなぁ。ママの負け!」


 そう言って、満さんは清々しく笑ったのだった。


 帰り道、そのフルーツミックスセットの写真を二人分のツブヤイッターでつぶやく。これが原因で、このお店は後に有名店になるのだった。

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