第44話・Monochrome

 それからまた一ヶ月が過ぎた。僕のチャンネル登録者数は三千万人を超えた。


 正直もう、心が麻痺してしまっている。毎日登録者が万単位で流れ込んでくるのは日常だし、MalumDivaの再生数が百万単位で増えるのも日常。まるで、僕は世界の真ん中に来てしまったかのようだった。


 だって、誰もが僕の歌を聞いてくれる。毎秒、どこかでMalumDivaの再生ボタンが押されている。


 そんな僕も、プロの歌手ってわけじゃない。僕は、秋葉音楽隊の歌手だ。


「1……2……1、2、3!」


 ピアノとドラムが同時に音を鳴らし始める。


 それを追うように、ギターとヴァイオリンが、さらに遅れてトランペットが奏でる。


 ピアノはパンこと初breadさん。ドラムはインドのお茶ことチャイさん。ギターはRR&ClassicBand加入したてのお塩さん。それから、僕もギターを握っている。トランペットはベト弁さん。この五人でRyuさんの新曲Monochromeの収録だ。


 音が鳴るたびに僕はワクワクした。こんな音の中で僕は歌えるんだと。


 音は僕に告げていた。ブチかませと……。


 だから、大きく息を吸い込んで……。


『色褪せた日々、消えていく感情、擦り切れた心は……。もう、いらない! 前に進む力を今、僕は手に入れたから!』


 和訳するならこうだろう。ラテン語の歌詞で、クラシックなのに、どこまでもロックンロールだ。


 またRyuさんの曲が歌えるのが嬉しい。思いっきり歌えるのが嬉しい。もう何も気にしない。僕の世界には今、みんなの奏でる音と、歌に込められた感情しかない。


 その激流に身を任せて歌うんだ。叫ぶように、この喉をかき鳴らして。


『僕はもう強くなれたから! 過去なんてもう何もいらないよ! モノクローム過去にさよなら! 激流に身を任せて! 歌う、歌う……』


 僕の才能は保証された。この音に、僕はふさわしくないなんてことはない。


 サビが、始まった。


『色づいた世界は! どこまでも鮮やかで! 僕は掴んだんだ太陽を!』


 笑っちゃうよRyuさん。この歌を作った時から、僕のことを太陽だと思ってたんだね。でも、僕が掴んだのは満月だ。


『照らし出すんだ! この世界を! 焼け付くほどの眩しい光で!!』


 Ryuさん、なぜかあなたの歌は僕の人生とすごく重なるよ。きっとどこかで同じ挫折をしたんだね。


 今、お互いに秋葉家に居るんだから、同じ人に助けられたんだね。


 だから、わかる。すごくわかる。あなたの歌が、心臓の奥底、魂の内側から歌える。


 お塩さんのギターソロのパート、それからトランペットとドラムの二重奏が鳴り響いて、ピアノとヴァイオリンの静かな音へと変わっていく。


 さぁ、僕の見せ場だ。僕の世界だ。


『寒い、心の中には。いつも、止まない雨が降っていた。寂しい夜……、長い暗い帳は……今消えたから!』


 聞いてRyuさん。満さん。僕はたくさん練習をしたんだ。この歌の、どこまでも共感できる心を全部表現するために。僕の歌で泣かせてあげるよ。これが、あなたが達が見つけてくれた僕だ。


『色づいた景色は! どこまでも広がる宇宙! だから壊したんだ過去を! 消してしまったんだ! 前だけ見るために! 焼き! 付け! この世界に!!』


 あぁ、心が軽い。まるで、生まれ変わったみたい。


 リモートでその録音の様子をRyuさんが見てた。


『ふ……ふざっけんな! 畜生! な、泣かすんじゃねぇよ! バカ野郎! リテイク不要! てめぇら、一発OKだ!!!』


 画面の向こうのRyuさんに届いた。僕の心が全部、歌に乗って届いた。


「っしゃあ!」


 と、お塩さん。


「いや、涙をこらえるのが一番苦労した」


 と、パンさん。


「バンドやってる……」


 彼は、もう語るまでもない。


「やったぜ!」


 と、ベト弁さん。


 みんな集まって、僕を手招きしていた。


 言われなくてもわかる。


 だから、ギターを置いて、僕はみんなの中に飛び込んだ。


「みんな! ありがとう!」


 この収録がうまくいったのは間違いなくみんなのおかげだ。だけど、問題がひとつある。ここにいるのは僕以外楽器のプロの人だ。こんなものを同人として出していいのだろうか……。


 でも、成り立ちはしっかりと同人サークルだ。Ryuさんや僕の放送の中で飛び抜けた才能たちが力を合わせて作り上げた。それは、ちゃんとした同人サークルだ。


『凛くん……凛くん最高ー!』


 MIXブースからは満さんの声がマイク越しに聞こえてくる。実際はデータ化したあとMIXするのだが、MIXブース付きのスタジオにした。そうすれば、収録を見たいと言う満さんの気持ちも叶えられるから。


「見てくれました!?」


 歌も上手くなってると思う。なんとなく、自分でさらに洗練された気がする。


『もちろん!』


『ったりめぇだ!』


 二人からはそれぞれの返事が返ってきた。


 収録は午前中で終わってしまって。スタジオのレンタル時間も大いに余った。RyuさんはNGを出す気満々だったらしい。でも、僕が予想を超えたせいで、出せなかったんだとか。


 ここは苦谷だ、ついでだから満さんに誘われたデートをしてから帰ろうと思う。甘いものをたくさん食べて、沢山楽しもう。僕のお財布は、結構お金がたくさんあるから。

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