第38話・打ち上げ

 収録後、まだ日も高いのに僕は満さんや海賊楽団と一緒に居酒屋に居た。お酒は飲んだことがない、だけど、飲んで見たい気分。僕を、そんな気分にさせたのはSingingSeaだ。本当に、歌は不思議だ。見える世界を大きく変えてくれる。エッセンスを追加するみたいな感じだ。


 居酒屋、といってもカラオケがあるタイプの個室居酒屋。ここにいる人は、自称音痴の満さんを除けば歌が上手いことが確定している。楽しい日になりそうだ。


「ねぇ、リン君本当に成人してるんだよね? 嘘じゃないよね?」


 ただ、ここに来ても僕の未成年疑惑は晴れていなかった。外見が外見だ、仕方がないと思う。


「嘘じゃないよー。ちゃんと確認したから」


 満さんが定国さんに言う。定国さんの雰囲気は、海賊船長から普通の人に戻っていた。この、普段の雰囲気で喋ることを船を下りるというらしい。


 海賊楽団にとっては、歌っているときが日常。船を降りているのは非日常。そんなロールプレイを普段から楽しんでいるそうだ。


 僕が頼みたいのはエールビール。SingingSeaのせいで飲んでみたくなったお酒。でも、お酒は初めて飲むことを伝えている。だから、僕が飲めなかったら満さんが飲んでくれる予定だ。


 ちなみに、満さんは焼酎のロックを頼んだ。これは、漢らしさを感じるようなチョイスらしい。それで、定国さんを含めた海賊楽団は僕と一緒にエールビールだ。


「それじゃあ、頼みますよ」


 そう言って、室内にあるタブレットからお酒と料理を注文してくれたのは武吉さんだ。


 そこから、カラオケ大会が始まる。海賊楽団はみんなで一緒に歌うことが多くて、清々しかったり陽気だったりな船乗りの歌ばかりだ。そのせいで、この人たちは丘に上がっても海賊なんだなって思っちゃった。


 でも、実は、それは海賊の歌じゃなくて捕鯨船の歌だったらしい。捕鯨船の歌が海賊に聞こえなんて笑っちゃう。だけど、海賊楽団の歌はとても洗練されていて、聞いてるだけで楽しかった。


 僕が歌うのはJ-POPの中で僕の得意な曲だ。僕が得意なのはバラード寄りの曲調で、祈るように歌う曲だ。祈るような歌い方はMalumDivaで沢山練習した。だから、得意になったのだ。それと、僕も海賊楽団に参加したりもした。


 マイクが順番で回らない、楽しいカラオケ大会だった。


 少しすると、お酒と料理が運ばれてくる。


「はい、じゃあこれリン君ねー!」


 そう言って、僕にエールを渡してくれたのは、義忠さん。この時、座ってる場所がとなりだったのだ。右が義忠さんで左が満さん、目の前は隆勝さんだ。


 海賊楽団の人って、ハンドルネームが本名みたいで面白い。


「じゃあ、SingingSeaの音源完成を祝してー!」


 定国さんの掛け声、なにを言えばいいかはわかる。


「「「「「かんぱーい!」」」」」


 一瞬だけ、みんなが海賊に戻ったような気がして、僕や満さんも船に乗ったつもりになった。


 そして、その瞬間に陽気な音楽が流れる。武吉さんが、カラオケ端末を使って伴奏が陽気な歌を流したのだ。演出が憎い。この人たちと一緒にいたら、海賊になってしまいそうだ。


 僕は、エールを飲んでみた。


「に、苦い……」


 美味しくない。なんでこんなものをみんな平気で飲んでるんだろう。それとも、僕は味覚まで子供なのだろうか。


「あはは、リン君やっぱりダメか!」


 なんて、隆勝さんに笑われてしまった。


 エールは満さんに取り上げられて、一気に飲み干されてしまう。


「うん! お酒って感じしない!」


 どうやら、満さんはかなり酒豪のようだ。


 その後、満さんにも歌ってもらった。声はとても綺麗だった。声は。


 だけど音程がダメダメ。音名に対する、ヘルツの範囲は結構広い。だけど、満さんはその音名が二個三個変わっちゃうくらいに音を外しちゃってた。自称じゃなくて、音痴だ。


 でも、声は本当に綺麗だ。大人の女性の包容力がたっぷりあって、とっても優しい声だ。それだけに、ほんっとうにもったいない。


 でも、それでいいのかもしれない。だって、満さんが歌まで歌えたら、完璧超人すぎる。だから、歌は僕の担当だ。僕が頑張ろう。


 宴もたけなわになって、お互いに別れを告げた。


「リン君、最高の歌声だったよ!」


「海賊の歌姫万歳!」


「またよろしくねー!」


「海賊の歌姫ではありません、秋葉の歌姫です」


 楽しかっただけに、なんとなく寂しい気持ちになった。まるで、祭りが終わってしまったかのようだ。


「はい、また! 次の歌でお会いしましょう」


 でも、予定では夏マケまでにもう一回会える。だって、秋葉海賊団で二曲、Ryuさんが二曲の四曲を収録したアルバムを出すのだ。


「またね、定君!」


 満さんも別れを告げた。


 実は、さらにもう一回後に会う事になる。それを僕はまだ知らなかった。

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