第37話・海賊楽団
歌の練習、放送、満さんの放送。そんな毎日が一ヶ月続いた。ヴァイオリンはギターより難しかった。まず、綺麗な音を出すのが難しい。ヴァイオリンを手に入れて最初の三日間は音を出すためだけの練習をした。だけど、押さえる位置で1Hz単位で音を変えられるヴァイオリンは僕にとって最高の楽器だった。曲のためのチューニングをする必要が少ない、指で音を自由に変えられる。もっと言うと、チューニングなんてしなくても綺麗な和音を作ろうとすれば作れてしまう。
チャンネル登録者数も一万を軽く超えた。今は登録者数16000とちょっとだ。チャンネル登録なんてしていない視聴者もいることを考えると、実質的なファンはもっと多い。さらに、歌動画だけ見ているファンはもっとだ。だから、僕は自分の歌声が有名であることを自覚しなくていけなかった。
そして、今日、外出の用事があるのだ。その用事が、これである。
「定君、久しぶりー!」
「お久しぶりです、みっちーママ! そちらが、リン君で合っていますか?」
今日は、定国さんが送ってくれた曲の収録日だ。曲名は、SingingSea。楽器などを持ち寄って、その場で演奏しながら収録するらしい。
定国さんは見るからに優しそうな、黒いフチのメガネをかけた男性だった。海賊の雰囲気なんて全然感じない。だけど、身長が結構高い。満さんより高くて、多分175cmを超えてると思う。
『秋葉リンです。ママの勧めで、外出中は声を出さないようにしています。今日は、よろしくお願いします』
僕はスケッチブックにそう書いて、定国さんに見せた。
「あ、地声でVTuberをやってるんだねリン君は。じゃあ出さないほうがいいね。早速スタジオに行こう! 僕の海賊楽団が待ってるから」
定国さんとは御茶ノ火駅で待ち合わせて、そのままスタジオに行く約束で、その通りになっている。御茶ノ火には楽器屋さんも多かった、歩いているとギターやドラムが売っているお店が多数あって、心が躍った。もうすっかり音楽大好きだ。
スタジオに着くと、そこはとても広かった。多分18畳くらいはあって、そこに数人の男性がいる。みんな見たことのない楽器を出していて、僕は少し興奮した。
「野郎ども! 歌姫の到着だ! 挨拶しやがれい! 海賊風にな!」
突然、定国さんの雰囲気だけが荒々しい海賊の船長に変わる。
「おうおうおう! 俺は
「おらぁ、
「俺は、ケルティックハープ担当の
「「「おい、ずるいぞ!」」」
まるで、コントのように一斉に口を合わせて武吉さんを非難した。
でも、荒々しい雰囲気が、みんな板につきすぎている。まるで、本当に海賊船に乗り込んだつもりになれた。
「で、俺が、アコーディオン担当の、船長定国だ!」
そう言いながら、定国さんは椅子に座って、アコーディオンを膝の上に載せた。
「ボーカルを担当させていただきます、秋葉リンです!」
「付き添いの秋葉未散です!」
僕たち二人が自己紹介をすると、海賊楽団のみんなは歓声を上げた。
海賊という世界感を、高いレベルで共有する人たちだ。
ちなみに、海賊楽団の人たちの名前は、全部村上水軍衆から来ているらしい。海賊楽団に入ると、水軍衆の名前がもらえて、それが楽団員の証なのだそうだ。
「よし、野郎ども出航だ!」
「「「ホー!」」」
それを掛け声にして、海賊楽団は演奏を始めた。音源で聞いた時より、熱がこもってて、表情豊かな演奏だった。
そこに、定国さんの船長らしい荒々しい歌声が乗る、そして僕にバトンが渡される。
僕は練習したものを全て出し切って、バトンを投げる。
バトンを取るのは最初は隆勝さん、そしてまた僕に戻って、義忠さん、また戻って武吉さんに渡すと、みんなで声を揃えるパートだ。
「「「「「ホー!」」」」」
この掛け声が歌の中にも入っている。これはいわゆる海賊語で他にもヨーホーやアホィなどがある。歌えば歌うほど、SingingSeaは楽しくて、踊りだしたい気分になる。本当にいい歌だ。
「野郎ども! 寄港だー!」
これが、歌の終わりの合図みたいだ。
「「「「ホー!」」」」
楽しくなって、その掛け声に僕も参加した。
歌としても良く出来てると思う。でも、今のはリハーサル。
「野郎ども良かったぞ! さぁ、本番だ! 出航!」
そのまま流れに身を任せて二回目を歌う。本当に楽しい。陽気な海賊たちの歌い踊る姿が目に浮かぶようだ。
みんな日本人の私服、なのに僕の頭の中では中世アイルランドの衣装を着てて、樽を囲んで踊っている。みんなでお酒を飲んでいる。ワインにエールにウィスキーだ。
僕はどれも飲んだことがないけど、でも飲みたい気分だ。
「きゃー! 最高!」
歌が終わると、録音を邪魔しないタイミングまで待って、満さんが飛び跳ねながらの拍手をくれた。
「おう! 俺たちゃ海賊、気ままに歌う陽気な海賊さ!」
そう言って、定国さんは片手を突き上げた。
音源の確認もして、収録は片付けも含めて二時間ほど。三時間しか予約していなかったため、結構ギリギリだったそうだ。
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