第34話・初めての動画編集

 朝が来て、僕はようやくグローブから解放された。解放されたといっても、なんだかんだ拘束されたままの一日は嫌じゃなかった。それは、満さんがとても甘やかしてくれるからだ。


「手、痛くない?」


 一日中手を握っていたなら、筋肉は固まり始めてしまったかもしれない。でも、グローブの中では結構自由に手を動かすことができた。


「全然痛くないよ!」


 僕は学んだ。僕はもっと満さんに甘えるべきなのだ。甘えなくなったら、またグローブでお仕置きされちゃうから。


 でも、お仕置きされちゃうのも嫌じゃないって思ってるから、僕は変だ。


「よかった……じゃあ、また、たまにおててないないにしちゃってもいい?」


 視聴者さんたちから、今回のことはプレイって言われている。そして、プレイの名前がおててないないに決定した。


 理由は、身長138cmかつ、この声の僕の手は、手というよりおててなのではないかという謎理論だ。


「うん!」


 次、おててないないをすることがあれば、僕はやってみたいことがある。もっと、全力で満さんに、いやママに甘えてみるのだ。


 それから、朝のSNSチェックをして、おはようをつぶやいて、朝食を食べた。自分でやれるというのが、ちょっとだけ新鮮に感じた。


 午前中は歌の勉強。だけど、流行りの歌を覚えるっていう作業はもう終わりだ。これからは、覚えた歌の自分なりの歌い方を見つけていく。


 本当はもっと練習したい。歌には作曲者さんの気持ちが詰まってて、簡単に全部理解することはできない。表面だけをなぞって歌うより、全力で表現をする方が僕は好きだ。


 でも、今日は違う。


「ちょっと、歌ってみて」


「はい! 浮かぶ、空の、褪せていく色も……」


 ASAGAERIの朝に駆ける。今日はこれのカバー動画の収録だ。僕のギターは独特だっていろいろな人から言われる。朝に駆けるなら、左手で音を鳴らしつつ、右手はボディの側面を叩く。ホールのそばを叩いちゃうと、音が響きすぎてドラムっぽさが消えてしまう。


 カメラの調整は大事だ。顔がうつらないように、そしてギター全体が常に写っているように。それを、満さんに協力してやってもらっている。


「うーん、もうちょっと引きだね」


 なぜ、顔が映らないようにするかというと、顔出しはKidsMonMoの発売と同時に行う予定だからだ。


「うん」


 満さんはカメラも持っていた。それも、レンズを付け替えたり出来る本格的なやつ。レンズを回すと、ズームのインアウトができるらしい。これを持ってる理由は本当に謎だ。満さんは、トラッキング用の機材を揃えるときにテンションが上がってしまったからと言っていた。でも、その謎テンションも、思いがけず役に立っている。


「よし、じゃあ本番行こう! 準備は?」


「バッチリ!」


「行くよ! 3……2……1……」


 無言で、満さんが手を握る。それに合わせて僕は歌いだした。


「浮かぶ、空の、褪せていく色も……」


 朝に駆けるは、歌としても結構難しい方だと思う。演技としても、結構難易度がある。でも、歌としての難しさも、演技としての難しさも、僕はもっと上を知っている。MalumDivaや定国さんから送られてきた歌だ。でも、リズムは僕の歌える歌の中では一番難しい部分がある。


 総合的に見れば、強敵だ。全部の要素を、高いレベルで求められる。


 でも、だからこそ歌うのが楽しい。


「はい、カット! すごい上手だったよ!」


 笑っちゃう。満さんが僕に下手って言ったことはない。僕は褒められてばかりだ。


 でも、満さんが上手って言ったものは全部成功している。だから、僕は安心してその言葉を信じられた。


「ありがと! やったぁ!」


 だから、案の定、今回も成功するのはまた後のおはなし。僕の予想とか違う成功もしてしまうのだった。


 動画の収録が終わると、今度は、音源と動画を合わせる作業に入る必要がある。


 歌の動画は音の質も大事だから、カメラのマイクをオフにしてコンデンサーマイクで別に録音をするのだ。といっても、満さんの持っているカメラにはマイクがついてないらしいけど……。


 先に一旦、音源を確認する。コンデンサーマイクの特徴はとても音に敏感に反応してくれる点だ。だから、その部屋にある全部の音が鮮明に録音されていた。


 歌もギターも及第点くらい。下手じゃないと思うけど、まだ表現の余地は全然残されている。


 ちょっと申し訳ない。今は夏マケに出品するCDの収録曲にかかりっきりだ。


「うん! やっぱりプロ顔負け!」


 満さんは音源を確認すると、満面の笑みで言った。


「そうですか? なんか、照れくさいです」


 だって、この歌は僕の中では未完成だから。


 音源の確認が終わると、それを一旦Ryuさんに送る。音、その知識に関しては、まだまだRyuさんに敵わない。だって、Ryuさんは作曲とMIXが出来る人だ。僕もいつかそんな風になりたい。


 音源が帰ってくるまでは、定国さんから送られてきた歌を練習する。この歌、まだ題名がないのだ。とてもいい歌だから、早く名前をつけてあげて欲しい。


 音源が帰ってきたら、それを動画と合わせて投稿。動画との合わせは、僕がやった。タイミングを合わせるだけだから簡単だった。でも、僕が初めてやった動画編集には違いないのだ。


 僕はこれから、いっぱい勉強をしたい。MIXとか、動画編集とか。それで、僕も満さんやRyuさんと肩を並べられるようになったらいいなと思っている。

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