第31話・おててないない上

 目が覚めて、やっぱり隣に満さんが寝てて僕は慌てた。昨日は、お風呂に入らずに寝てしまったからだ。


「おはよう、凛くん」


 一緒のベッドで寝ていると、自然と生活リズムも同じになる。どっちかが目を覚ますと、それに気づいてもう片方も目を覚ますのだ。


「お、おはようございます! く、臭くなかったですか?」


 それが特に気になった。中学、高校と、同級生たちの匂いが鼻につくことがあった。だから、多分僕だって臭うことくらいあると思った。


「いつもどおり、ミルクみたいな匂いだったよー」


 でも、そのミルクみたいな匂いというのが僕の体臭らしい。


 ミルクだったら、それはいい匂いかもしれない。身長は伸びなかったけど、牛乳は僕の好物だ。


 牛乳を飲んだら背が伸びる、なんていうのは幻想だと思う。そうじゃなかったら、170は高望みにしても、160くらいは身長があってもいい気がする。


「と、とりあえずお風呂入ってきます!」


 僕は、恥ずかしくなって、朝のルーチンワークをすっとばして入浴をすることにした。


 入浴中、そういえば満さんも昨日はお風呂に入っていないことを思い出した。だけど、別に嫌な臭いはしなくて。むしろ、柑橘類の匂いがしたように思う。


 同じシャンプーやボディーソープなのに、なんでこんなに臭いが違うのか。それが不思議で仕方ない。


 お風呂を上がると、満さんはテーブルの上に革製の袋二つと南京錠を置いて待っていた。


「ねぇ凛くん。ママは敬語やめようって言ってたよね?」


 そういえば、ずいぶん前にそんな話もした。


「あ、えと……う、うん!」


 僕は慌てて取り繕った。敬語じゃなくて、普通に話したのは初めてかも知れない。


 でも、それと、テーブルの上の袋が何か関係が有る気がした。


「凛くん、昨日はお疲れだったよね?」


 脈絡が全然わからなかった。


「う、うん」


 詰問のような状況に、僕は少し居心地の悪さを感じている。


「今日一日。凛くんは、これをはめよっか?」


 その袋は、入口のところにベルトがついている。


「は、はめるって!?」


 僕にはその用途がわからなかった。


「これを、手袋みたいにはめるの。何も掴めなくなっちゃうから、ママが全部やってあげる。甘える練習だよ!」


 それは拘束具だった。革製の袋で、人間特有の器用さを消し去ってしまう拘束具。


 そんなものをつけられてお仕置きされてしまっても仕方ないかなと、僕は思う。だって、ずっと敬語のままだ。満さんはもっと気軽に接して欲しいのだろう。だから、練習兼お仕置きは必要な気がした。


 だけど、それは、なぜだかすごく恥ずかしい気がした。


 僕は、無意識に理解していたのだ。これが、えっちな道具だということを。


「じゃあ、お風呂入ってくるから、その間に考えておいてね」


 そういって、満さんはお風呂に行ってしまった。


 頭の中でぐるぐると考えてしまう。これをつけたら、僕は箸を持つなんてもちろん無理。それどころか、コップすら自分で持てないだろう。飲み物が飲みたい時すら、満さんにやってもらわなくてはいけない。ご飯も、食べさせてもらわなくてはいけない。


 でも、それも仕方がないと思う。全部僕が悪いんだ。未だに満さんによそよそしくしてしまうから。


 南京錠は開いていて、鍵もついていた。


 ちょっとだけ……。どんな感じか試してみようと思って、その袋を手にはめてみた。


 やっぱり、これはエッチなやつの気がする。恥ずかしくて、たまらなかった。


 そんな感じで、片手だけつけていると。ふと、もう一個の袋を取り上げられる。


「つけてくれる気になったんだ?」


 いつの間にかお風呂から上がっていた満さんが、僕のもう一方の手に袋をはめて鍵をかけてしまった。


 南京錠から外された鍵は満さんのポケットの中だ。もう、僕には外すことができない。


「こ、このままじゃ、ダメだと思って」


 だけど、すごく恥ずかしかった。でも、恥ずかしいだけだ。満さんになら何をされてもいいと思っている。今日までにしてくれたことは、どんなひどいことをされても帳消しにならない。


 でも、そもそも満さんが僕にひどいことをするわけがないのもわかっていた。そうじゃなかったら、今不安で仕方がないだろう。


 不安ではない。ただ、とても恥ずかしいだけだ。


「じゃあ、今日一日たくさん練習しようね!」


「は、はい!」


「ほら、敬語だよ……」


「あ、うん!」


 こうして、僕の自分では何もできない一日が始まった。


 ご飯も自分で食べられない、飲み物ですら飲ませてもらわないとダメだ。だけど、それは甘い一日になるのだった……。

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