第29話・モデル撮影上
「はい、じゃあそのブーケは胸のあたりで! もうちょっと、アンニュイな表情できるかな!?」
撮影が始まった。
カメラマンの人は安田さん。少し太ってて、笑顔がチャーミングな男性だ。
そんな安田さんの後ろでは、満さんが飛び跳ねている。ドレス姿の僕に可愛いとしきりに叫びながら。
「え、えと……こうですか?」
僕は表情筋を緩めながら、少し目を細めてみる。
「お、いいねぇ! それ頂き!」
カメラがパシャリパシャリと音を立てる。1カットで何枚も写真を撮るのはもはや常識みたいだ。
「はーい、じゃあ、次はお祈りのポーズ! あ、大人だったね! ごめん」
安田さんは普段は、ジュニアモデルの撮影をしてる人だから、たまに子供向けの言葉が出てしまう。
「はい、こうですね!」
言われるがまま、ポーズを決めていく。
「そうそう! じゃあ、今回テーマが歌姫だから、なんでもいいから歌ってみようか!」
いきなり歌うと言われると、まず思いつく歌はMalumDivaだ。撮影の時に歌うなんて思ってなかったから少し緊張する。
「はい……」
でも、僕は歌い始めた。
周囲の人の動きが止まる。きっと、撮影向きの表情になってないのだろう。
だから、僕は少しだけ飛ばしたサビの部分を歌ってみる。
おかしいな……シャッターの音が聞こえない。
結局その後、止められることもなく最後まで歌いきってしまった。
あたりが静まり返る。
少しして……。
「はっ!? 撮影忘れてた!」
「聞き惚れましたね……」
安田さんとレフ板持ちの神田さんがうなづきあっていた。
「ええええ!!??」
だって、二人共プロなのに。芸能界の人なのに。そんな人たちが聞き惚れて撮影を忘れるなんてありえないと思う。
「ふふふ、凛くんにMalumDivaを歌わせちゃダメですよ!」
どこか誇らしげな満さんには苦笑ものだ。
もしかしたら、僕の歌唱力はすごいのかもしれない。
「MalumDivaって言うんですね……いやすっごい、プロでもこんな人いませんよ」
そう言って安田さんは笑った。
そんなことよりしっかり撮影して欲しかった。
「はい、じゃあ別の歌にしてねー! じゃないと、撮影忘れちゃうから!」
これがきっかけで、後にclockchildの提携事務所である白井プロダクションからも歌手デビューのお誘いが来るのだが、それは別の話。
僕は、白昼夢、時々……を歌うことにした。衣装の感じからして、どちらかというと暗めの表情で撮りたいはずだ。だから、バラード調の歌のほうがいいと思ったのだ。
今度は歌いだしの時にシャッター音が聞こえる。でも、最後まで歌を止められることはなくて、結局百枚以上は絶対撮ってたと思う。
「うん、いいのがいっぱい撮れたよ! じゃあカット行こうか!」
カットって言っても、シーンを切るわけじゃない。物理的に髪がカットされるのだ。
部屋を移動しながら、カット後の髪型を写真で見せられる。前髪が軽くまぶたにかかるくらいで、サイドが肩ぐらいの長さだ。それ以外は超ロング。今のまま手をつけないらしい。
「こんな髪型にするつもりですが、大丈夫ですか?」
完全に女の子の髪型だ。こんな髪型したことがない。だから、僕は助けを求めるべく満さんを見た。
「うん? あ、絶対似合うよ!」
それなら何も問題はないかなと思った。だって、満さん以外で頻繁に会う人なんていないのだ。Ryuさんとだって、だいたい満さん経由だったし、これからはThisCodeだ。
「はい、お願いします」
部屋にたどり着くと、僕は床屋さんとかでよく使うマントみたいなものをかぶせられ、髪をカットされていく。
「髪綺麗ですねートリートメント何使ってるんですか?」
ヘアメイクの人が僕に尋ねた。僕は満さんと暮らしていて、シャンプーもトリートメントも一緒のものを使っている。初めて、お風呂に入るときにトリートメントを教えてもらったのだ。
「エッセンスです!」
でも、全然髪が変わらない。元々、絡まったこともなければ、ツヤツヤだ。
満さん曰く、とても綺麗な髪質らしい。
「あー、補修力高いですもんねー!」
そんな雑談をしながら、一時間。髪は綺麗に切り揃えられた。
そしてまた、別の部屋に移動する。今度は着替えだ。今回僕は、新作三着の撮影で、2カットごとに服を着替えなくてはいけない。
着替えは恥ずかしいので全部自分でやらせてもらった。
「はい、次のカット行きますー! 座ってギター持って!」
このスタジオに来てから聞いたのだけど、秋葉リンはゴスロリとギターなイメージらしい。モデルとしての僕の名前もRinAkihaという名前で活動するらしいから、VTuberとしての僕とリンクさせる気満々である。
「はい!」
僕は、椅子に座ってギターを構えた。
「じゃ、何か弾き語りしてー。足ぶらぶらさせながらねー!」
だから、少し高い椅子を用意したんだなと納得した。
今度の服は笑顔でも良さそうだ。だから、僕はクワガタムシを弾き語ろうとした。
「まって! ギターの弾き方が特殊! プロっぽすぎる!」
「え!?」
僕の弾き方は右手もたまにネックの方に行く。それがダメだったみたいだ。
「右手はホールの上! 叩くのも禁止!」
僕は思うように演奏できなくて、すごく不満だった。だって、スラムやネイルアタックも禁止されてしまった。これじゃあ、ドラムが不在になっちゃう。
そんなハプニングも起きつつも室内の撮影は3時間ほどで終わった。
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