第28話・Yuuzi
次の日、今日はモデルの撮影の日だ。屋内が6カット、屋外が12カットの予定。午後全部使って撮影だ。午前中は特に何事もなく、普段通りに過ごしていた。
そして午後、電車に乗って満さんと一緒に練鹿まで行く。やっぱり、ゴシックロリータを着ていると目立つようで、僕は大いに目立ってしまった。
今日は、先に屋内の撮影からだ。そして、その屋内での撮影の途中で僕は髪をカットする予定だ。今の状態、髪が全部長い状態を活かしたドレス風の服の撮影を先にするらしい。
「あ、凛くん。お久しぶりです」
スタジオに着くと、楓さんが僕を見つけて駆け寄ってくる。
「楓さん! お久しぶりです!」
時刻は午後0時15分。ちょっと余裕を見すぎた到着だけど、もう撮影の準備は整っているように見える。
「その子が凛くんでいいかな? 俺のことわかる?」
少し遅れてよってきたこの人のことは、楓さんから聞いている。メイクアップアーティストさんだ。男装に見えるけど、普通の男性だとか。
自分の顔でメイクを練習するせいで、見る度に外見の性別が変わるそうだ。
で、曰く気を付けないといけな人らしい。というのも、すごく手が早い人らしい。
手が早いって、なんだろう……。
「Yuuziさんですか!? 今日はメイクお願いします!」
満さん曰く、芸能界は挨拶に始まり挨拶に終わるそうだ。だから、僕はできるだけ精一杯挨拶をした。
「うん、よろしくね! ちょっと顔見せて……」
「ふへ!?」
顎を掴まれて、変な声が出てしまう。
「ねぇ、うちの凛くんにそこまでする必要あります?」
ふと、僕の後ろから肝が凍りつくかのような声が聞こえる。これが、あの満さんから出てる声だなんて信じられない。
「あ、失敬。肌とか、しっかり見てみたかっただけだよ。でも、これはすごいね。きめ細かくて、ムラもない。メイクのしがいがないね。骨格も綺麗でいじる必要無さそうだし……。百万人に一人レベルじゃないかな? 最初の2カットはリップを強めにして少し毒を足そう。それから、残りの4カットは少しハイライトかな……。可愛さを全力アピールだ」
だけど、Yuuziさんは全然たじろがない。むしろ、アーティストとして全力を尽くす感じで、かっこいい。
「必要なら、いいでしょう……」
満さんは、すごく不満げだ。
「あ、それと、後でバッグの中を見てみて」
「凛くん、今見てください」
Yuuziさんの言葉に、楓さんは呆れたような表情で吐き捨てるように言った。
「えー! 大人なんだからいいじゃんよ!」
Yuuziさんは不満たっぷりの声で、楓さんに泣きついていた。
僕はバッグの中を見る。ゴシックロリータはポケットがない。だから、バッグは必需品だ。
中をあさってみると、紙切れが一枚入っていた。そこには、電話番号とハートマーク付きのメッセージが添えられている。
「凛くん、絶対ダメだからね!」
ダメってなんだろう……。
メッセージには、『寂しくなったら電話ちょうだい』って書いてある。だけど、僕が寂しくなることなんてありえない。だって、僕はずっと満さんと一緒だ。
「メイクさんが欲しくなったら、電話してもいいですか?」
同人イベントとかでも、プロのメイクさんが協力してくれたらそれは非常に心強い。満さんも一緒にメイクしてもらえば一石二鳥だ。
「え? あ、うん……いいけど、お金もらうよ?」
「もちろんですよ、お仕事ですもんね! 連絡は、満さんを通してします」
それで仕事をしているのだから、報酬を支払うのは当然だ。それはそれとして、僕は携帯を持っていないので、連絡は満さんを通すことになる。
「ダメ、それなら和葉君に頼もう?」
どうやら、秋月家にはメイクのプロもいるみたいだ。
「え!? あのKaZuHa!? ドールマスターの?」
しかも、有名人だったみたいでびっくりしてしまった。
後で満さんに聞いたけど、その和葉さんは人形を作る人とのことだ。本当にいろいろな人形を作る人。得意な人形は、フランス人形だそうだ。人形の顔を作る過程で、人間の顔に化粧を施す技術も相当なものになったらしい。
「うん、ドールマスターなら間違いないね!」
「マジかよ……今日のメイク、俺でいいのかよ……」
その一言が、Yuuziさんの心をポッキリと折ってしまうのだった。
その後、僕はメイクルームで、化粧をしてもらった。本当にこれが自分だと思うとびっくりするほど、綺麗になった。
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