第22話・ミリオンライブ

「あの日あの場所で、僕は生まれた。全部失って、何もなくて、凍えてた僕の手を……」


 これは、僕が一番緊張していた理由だ。満さんにはずっと内緒だった。僕の気持ちの歌。僕が初めて作った歌。あなたへの感謝の歌。


 聞いて、満さん。あなたが、僕の人生の始まりをくれたんだよ。だから、僕は満さんが大好き。ママが大好き。


「そっと包んでくれたの忘れないよ! 暖かくて、優しくて、溢れ出したのはありがとうの気持ち! 言葉なんかじゃ伝えられないから、僕は歌うよ!」


 そう、足りないんだよ。ありがとうって百万回いったって、この気持ちは表せない。だって、僕が生きてることも、僕の可能性に気づいてくれたのも、全部満さんだ。


「ありがとう……ありがとう……」


 歌い、切れた。初めて僕が作った歌。どうだったんだろう。コメントなんて見てなかったけど。


 あ、とりあえず、曲名伝えなきゃ。


「き、聞いてくれてありがとうございます! 曲名は満月です!」


 本当は、最初には挨拶だけど、すっとばして歌っちゃった。全部、内緒で作った。だけど、自分で作っただけにどう歌えばいいかよくわかる。自分で作った歌は不思議だ。最初の一回でも、満足に歌えちゃう。


 真っ先に、僕の歌にコメントをくれたのはRyuさんだった。


Ryu:おま……おま!? 何しょっぱなからさいっこぉの曲作ってくれやがってんだよ! 涙腺ぶっ壊すんじゃねぇよこんちくしょう!


 それは、最大級の賛辞だった。乱暴な言葉だけど、僕は本性を知っている。


 それからも、コメントはすごい勢いで流れた。全部、僕を褒めてくれている。嬉しくてたまらなかった。


 それと、一番僕が求めていたコメントも来た。


みっちーママ:リンくん!! すっごいいい歌だったよ!! ママ、泣いちゃったよおおぉぉぉ!


 一番この歌を聞いて欲しい相手は、ちゃんと聞いててくれたみたいだ。後で言おう、これは満さんのために作った歌だって。


 質問攻めも多分されちゃうかな……。だって、ずっと内緒で作ってたから。


 ちなみに、僕の音感は完全にヘルツに固定されちゃった。だから、僕が書いた楽譜は多分僕にしか読めないと思う。全部ヘルツで書いてあるから。


 一応、ドレミに書き直すこともできる。でも、ドレミで書いたら、また頭の中でヘルツに戻さなきゃいけない。


 いけないいけない……。


「お兄さん! お姉さん! 今日は来てくれてありがとうございます! 僕の初めてのソロライブは題名のとおり弾き語り枠です! どんどんリクエストくださいね!」


 なんだか、すでにやりきった感じがして、だから逆に思いっきり言えた。


 最初に歌って良かった。


銀:秋葉家の歌姫爆誕!

デデデ:天使のソプラノがリクエストに応えてくれると聞いて!

里奈@ギャル:キタ――(゚∀゚)――!! じゃ、クワガタムシ歌って!

初bread:カルミナ・ブラーナをリクエストしてみる

もう詰まっとると?:夜の女王アリア!


 いろんなリクエストが来てびっくりしてしまう。傾向としては、みっちーママから来た人がJ-POP。Ryuさんから来た人がクラシックやオペラだ。


 オペラをリクエストされるVTuberってなんだろうか……。


「えーっと、クラシックとオペラはごめんなさい! 楽器がギターしかないから! じゃあ、里奈お姉さんのリクエスト、クワガタムシ行きます!」


 僕は歌った。満足とはいかないけど、でも、音程だけなら100%正しく歌える。ギターのコードだって間違えない。それに、クワガタムシは伴奏のギターが簡単だ。ストロークとアルペジオのミックスでピアノを。ネイルアタック弦に爪をぶつける奏法スラムギターの胴体を叩く奏法でドラムをやればいい。


 でも、やっぱり、その熱量は、MalumDivaや満月には届かなくて、コメントは流れていた。


バッバ:クラシックダメかぁ……

ベト弁:アリア聞きたかった……

銀:てか、弾き語り? ドラムいるよね?

チャイが好きィ!:バンドやろうぜ! リン君ギターとボーカルな!

Ryu:信じられっかぁ? こいつ、ギター歴一ヶ月だぜ?

デデデ:リン君パネェ……


里奈@ギャル:マ!? マ!? うっま!

ベト弁:でもなぁ……帰れないんだよなぁ……もう、天使のソプラノに首ったけ

バッバ:俺も……

Mike:スーパーチャット10000円:TuGiHa次は,CanzoRoidカンツォロイド,ONeGaISiMaSuお願いします


 一瞬びっくりしたけど間奏中で助かった。僕の初めてのスーパーチャットは海外の人だった。カンツォロイドCanzoRoid、ヴァーチャルで歌ってくれるソフトのことだ。


 それと、コメントではクラシックやオペラを期待していたRyuさんのファンの人たちも残ってくれている。


Ryu:お、カンツォロイドいいじゃねーか! 俺もよく使うぜぇ!

みっちーママ:あぁ……リン君の声癒される……


 それに、僕を産んでくれた側の人たちも健在だ。みんな、ずっと聞いててくれる。視聴者は増える一方で、減ることなんてなかった。


「IeCoで、クワガタムシでした! 次はカンツォロイドですね! 何にしようか?」


 僕が悩むと、その瞬間にコメントがものすごい勢いで流れる。


Alen:スーパーチャット10000円:白昼夢、時々……をお願いします。あと、Mikeは日本語キーボードを今度送りつけるわ……

剣崎:スーパーチャット10000円:朝に駆ける!

Ryu:スーパーチャット10000円:ローテートガール!

銀:スーパーチャット10000円:ファニィ!


 スーパーチャット一万円付きの、リクエストの嵐だった。


「どうしよう……この一瞬で30万円稼いじゃった……」


 僕のお父さんの半月分だ。それがこの一瞬で、僕に投げつけられて、軽いパニックになった。


Ryu:ご祝儀的な部分もあンだよ! 安心して歌え! ケツは俺が持つ!

みっちーママ:そうそう、最初から知名度が高いと初ライブはこうなっちゃう。次からは落ち着くから安心してね?


 こうやって、二人がコメントでサポートしてくれるのが心強くて、僕はすぐに立ち直れた。


 だけど、MikeさんとAlenさんはむしろスーパーチャット以外をしなかった。二人は、多分海外の富豪だと思う。一万円を紙吹雪感覚で投げてくるから。


 僕の初ライブは結果を見れば大成功……。というより、成功しすぎだ。どうしよう、今日だけで父親の月収を軽く超えちゃった。百万円ちょいって、ありえないと思う……。

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