黄金時代

第21話・羽化

 一ヶ月が経過した。この一ヶ月は忙しいくて楽しい毎日だった。まず、MalumDivaがミキシングを含め、一つの動画として完成した。僕としては、まだ表現の余地があると思っているけど、これ以上は引き伸ばせない。


 それと、僕のモデルも完成して、Utubeチャンネルも開設された。秋葉リンというVTuberが本格的にこの世界に生まれたんだ。といっても、投稿された動画はティザーPVと、MalumDivaの動画だけ。それなのに、チャンネル登録者数はすでに3000を超えて収益化も済んでいる。


 モデルとしても、撮影が明後日に控えている。僕はもう、すごいことになってしまった。


 今はお昼。ご飯と、片付けを終わらせて、これからの予定に向けて心を落ち着かせているとこだ。だけど、すぐにそれどころではなくなる。


「ママ……これ……」


 問題はそのMalumDivaだった。


 問題という言い方は正しくないかもしれない。僕にとっては、いいことだから。


「百万かぁ……さすが凛くん!」


 そう、投稿して三日、再生数はミリオンを突破したのだ。そして、コメントももうすぐ一万件。ラテン語歌詞である影響か、海外からのコメントと日本国内のコメントがほぼ同数になっている。


「ママ、なんで当たり前みたいな反応なんですか!? 百万ですよ!?」


 百万再生される動画なんてほんのひとにぎりだ。そのひとにぎりに僕は、二本目の投稿動画で入ってしまった。


「だって、億は多分超えるもん」


 満さんは、さも当然のようにそう言った。億なんて、そのひとにぎりの中のさらにひとにぎりだ。日本の人口が大体一億人で、再生数がそれと等しいわけで……。


 思考が混乱している。意味のない計算をしていた。複数回再生する人だっているだろうし、そんな計算は意味を持たない。


「あ、う、またダイレクトメールだ……」


 それから、ツブヤイッターも僕は始めた。それがMalumDiva公開と同時だったせいか、音楽関係の会社からひっきりなしにダイレクトメールが届くのだ。そのほとんどが歌手デビューの打診だ。


「通知は切りなさい。凛くんは、CDをどの会社から出すか選ぶ側になるんだから!」


 最初に来た時は、飛び跳ねて喜んで満さんに報告した。そしたら、小さな会社だからダメとバッサリ切られてしまったのだ。


 でも、それも今なら理解できる。徐々に、ダイレクトメールを送ってくる会社が大きくなっているのだ。


「だって、こんなに評価されるの初めてなんです……」


 だから、怖くもなっている。もちろん、嬉しさのほうが大きい。


「それより、弾き語りライブ、応援してるからね!」


 それが、僕の今日の予定。J-POPの勉強もしっかりやったから、僕の歌える歌は結構多い。だけど、残念ながら、その全部が僕が自分で納得できるレベルになっていないのだ。


「う……あ、はい……」


 だから、今回のライブはチャンネル開設記念と、収益化記念ライブだ。ソロライブは初めてで、すごく緊張している。今日は、満さんは視聴者さんで、お姉さんだ。


「大丈夫! 必ず成功する! だって、ママのチャンネルからのファンは、凛くんの失敗も含めて大好き。それにRyu君のチャンネルからのファンは、歌だけを聞きに来てるからね! 失敗しても成功になるんだよ!」


 それは、満さんの言う通りで、失敗も成功になる土壌を満さんと立花さんの二人が作り上げていた。それに、チャンネル概要だってそうだ。失敗だって笑って許してもらえるような土壌になっている。


 台本は告知の部分だけ。それ以外は邪魔になる。


「ぼ、僕……ちゃんとできますかね?」


「もちろん! 凛くんの声を聞いて引き込まれて、歌を聞いたら戻れなくなっちゃう!」


 僕は歌うだけ。大好きだった音楽の授業みたいに、思いっきり。


「すごく、緊張してます」


 手が震える、頭が冷たくなる。


「大丈夫! 失敗しまくるつもりでやってみよう!」


 震えた手を、満さんは握ってくれた。


 息を飲んで、呼吸を整える。


 目をつぶって、意識する。


 歌い始めれば、歌以外の全ては消えてなくなる。だから、それまでの一瞬、なんとか耐え切れればそれでいい。


「行ってきます、ママ!」


 僕はそう言って、いつもは二人で放送をしているスタジオに向かった。


 全部借り物だ。マイクも、パソコンも、ギターも……それと命も。本当に、僕は、MalumDivaの歌姫みたいだ。


 でも、嘘はひとつもついていない。


 さぁ、歌おう。声が枯れるまで。


 尽きることのない熱を、誰かの言葉に乗せて。


 さぁ、思う存分やろう。防音室だ、外には音が漏れない。うるさいって言われることもない。


 思いっきり歌ってもいいんだ。叫んでもいいんだ。


 そう思って、僕は放送開始のボタンを押した。

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