第19話・Rikka
練習と勉強の日々は楽しくて、いつの間にか三日が過ぎていた。MalumDivaの中に出てくる言葉なら、発音も完璧だ。感情も随分はっきりと乗せられるようになった気がする。これなら、録音した音源を聞いても恥ずかしくない。
そこで、一度中間報告のために通しで歌ったものを録音した。
「よし、じゃあこれ持ってRyu君のところ行ってみない?」
満さんは、僕に選択肢をくれる言い方をする。僕の答えなんて、決まってるのに。
「はい! 行ってみたいです!」
だって、僕のために歌を作ってくれた人だ。言葉遣いは乱暴だけど、その割に言っていることは優しい。だから、僕はRyuさんのことをすっかり好きになっていた。
「それじゃ、ちょっと予定聞いてみるね!」
そう言って、満さんは電話をかけた。
「もしもし、
僕には電話の向こうのRyuさんの中の人の声は全く聞こえなかった。だけど、満さんの言葉から、歓迎してくれることが分かる。それと……。
「立花さんっていうのがRyuさんですか?」
僕はそれが気になって、電話を切った満さんに尋ねた。
「そうだよ! 立つって漢字はりゅうって読めるからね! それで、Ryuって名前にしたの!」
Ryuさんは声がとても中性的だ。それに、中の人の名前、立花さんだって中性的な名前で、僕はますますRyuさんの性別がわからなくなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
インターフォンを鳴らして、立花さんが出てくるのを待つ。
当の立花さんの家は、一軒家で、電車でふた駅ほど離れたところだった。つまり、結構近い。
心臓がドキドキしていた。だって、Ryuさんのあの口調に、僕は萎縮してしまうかもしれない。だけど、ちゃんと歌を作ってくれたことにお礼を言いたい。だから、息を飲んで覚悟を決めていく。
ガチャリ――音がして、ドアが開かれる。
「どどどど、どうぞ……入って……」
僕の覚悟は一瞬で粉々に砕け散った。
立花さんは、言っては悪いかもしれないけど、とてもあのRyuさんと同一人物とは思えない。髪はボサボサだし、かけている眼鏡も正直言っておしゃれじゃない。だけど、びっくりしてしまうほど胸が大きかった。
なんというか、親近感が沸いてしまう相手だ。人付き合いが苦手な、僕と同じ根暗さんである。
「うん! お邪魔するね!」
そう言って、満さんは立花さんの家の中に入っていく。
「お、お邪魔します!」
僕もそれに慌てて続いた。
立花さんの家は一階がほとんど防音室。そこに、ピアノやギターなどいろいろな楽器が置いてある。パソコンもそこに置いてあって、小さなちゃぶ台もあった。
「ししし、湿気が気になるから……、つ、冷たいものしか出せないけど、い、いいかな?」
音楽の授業で聞いたことがある。楽器は湿気に弱いものが多いって。だから、立花さんが湿気を気にするのは、楽器を大事にしてるんだって思えた。
「凛くんもそれでいい?」
「え!? あ! はい! もちろん!」
当たり前だ、立花さんが楽器を大切にしてるのは納得できる。それに、僕は音楽の授業がすごく好きだった。だから、僕は立花さんにとっても好感を持っている。
「じゃ、じゃあこれ……の、喉にははちみつが、い、いいから。ほほほ、本当は暖かいほうが、い、いいいけど……」
そう言って、立花さんが出してくれたのは、ペットボトルに入ったはちみつ生姜水だった。
「うん、ありがとう! あ、それからこのUSBにMalumDivaが入ってるから、聞いてあげて」
満さんはそう言って、USBを立花さんに渡す。
「う、うん。さささ、早速……ききき、聞く……」
立花さんはそう言いながら、すぐにUSBをパソコンに差し込んで、フォルダを開いた。
ヘッドフォンを耳に当て、すぐに再生ボタンを押す。もう待ちきれないと言わんばかりに、慌てたような動作で。
僕の心は、緊張と不安でいっぱいだった。だって、あの歌はまだ表現の余地が残っている。僕は、あの歌の100%をまだ引き出せていない。そんな未完成なものを、作曲者本人に聞いてもらうなんて、申し訳ない。
だけど、杞憂だった。歌を聴き終えた立花さんは、ボロボロと大粒の涙を流しながら言ったのだ。
「さささ、作曲家、や、やっててよかった……」
「三日間、凛くんはすっごい練習したんだよ!」
と、満さんは言うけど、立花さんの作曲能力は凄すぎる。一ヶ月練習しても、完成品にはできないと思っている。そのくらいMalumDivaはいい歌だ。
「こここ、ここまで、こ心込めて歌ってくれるなんて……ししし、幸せ!」
立花さんはそう言ってくれる。だけど、僕は我慢ができなかった。
「MalumDivaはいい歌です。僕はまだ、表現しきれてなくて……ごめんなさい」
僕はまだ、全然満足してない。歌姫の心は、もっと悪魔に対する愛に溢れている。僕に一番足りないのは、汚い音だ。必死になって、叫ぶように歌う部分がまだ綺麗すぎる。
「ひょ……表面だけなぞる人ばっかりだった……。い、い、いいよ。お、教えられると、おお、思う。き、汚さ……」
立花さんは、僕の表現したいものをわかってくれた。
僕と、立花さんのボイストレーニングが始まる。
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