第18話・重なる歌姫

「Non cognosco deum qui me dereliquit.

Tu es, qui me servasti in fundo inferni. Sic te valde amo.」


 何度も何度も繰り返し歌っている。神様を捨てて、悪魔に愛を捧ぐ歌だ。だけど、まるでこれは、満さんへのラブソングみたいに思えてしまうのはなにかの偶然なんだろうか。だってこの歌詞、『私を捨てた神様なんて知らない、地獄の底でわたしを救ってくれたのはあなただ。だから、私はあなたを愛している』って訳せる。


 神様が両親のことで、あなたが満さん、そんな風に僕には思えてしまうのだ。


 だから恥ずかしい。だけど、恥ずかしさを脱ぎ捨てると、どこまでも心を込めて歌えた。僕の思っていること、満さんにはわかってほしいような、わかって欲しくないような不思議な気持ちだ。分かってしまえば恥ずかしくてたまらない、だけど僕の感謝は全部乗せて歌う。


「凛くんすごい! かなり完璧に歌えるようになったじゃん!」


 どうやら、気づいていないようで安心する。


「いえ、まだです。まだ、これを完成品にはしたくありません!」


 だって、やっと声を簡単に出せるようになってきたところだ。これまでは、声帯が眠っていた。


 今は朝。朝食を終えて、レコーディングのための練習を始めたばかりだ。昨日の夜から合わせて、歌うこと10回。やっとラテン語がスラスラ発音できるようになってきた。だから、本当にまだまだなんだ。


「凛くんって、歌に関しては本当にプロみたいだね……」


 満さんはそう言うけど、僕は全然そんなふうに思ってない。だって……。


「合唱曲って、本当に何回も練習するじゃないですか?」


 三ヶ月くらい期間を設けて、それこそ本当に何回も練習する。でも、僕はそれが好きだった。回数を重ねるごとに、歌が心の中に染み渡ってきて、その歌の世界に入り込める気がした。


「そっか……じゃあ、もう一回やる?」


 ちなみに、僕はマイクの前、そして満さんはパソコンの前だ。ヘッドフォン越しに、僕の歌を聞いている。


「はい!」


 僕は最初からまた歌った。


 この歌、邪教の歌姫の物語は、神に見捨てられるところから始まる。そして、地獄を下って行き、地獄の底で悪魔と出会う。悪魔は、歌姫に一目惚れをして、歌姫に地獄での幸せを可能な限り与えていった。やがて、歌姫は悪魔を愛し、神への信仰を捨てる。そして、悪魔の歌姫として氷獄で歌い続けるのだ。


 本当に僕と重なる。寒くて、凍えそうなところを拾ってくれた満さんは悪魔とは思わない。でも、それでも、僕は一生を捧げてもいいと思える人だ。だって、そのおかげで僕は今生きているのだから。


「うーん! またグッと良くなったよ! なんか、言葉のたどたどしさが消えてる感じ!」


「えへへ、ありがとうございます!」


 でも、まだまだ完成じゃない。重なるからわかる、歌姫の思いはこんなものじゃないはずだ。もっともっと、心を込められるはずだ。それこそ、言葉が通じなくても、心が伝わってしまうくらいに。


「一旦休憩ね! はい、レモネード」


 このレモネードは満さんの手作りだ。はちみつが喉にはいいらしいけど、単体だと癖が強い。だから、レモンを足して飲みやすくしてくれた。


 ちなみに、はちみつがいいって教えてくれたのはRyuさんだ。僕はいろんな人に頼りっぱなしだ。


「ありがとうございます! あ、そういえば作曲料って請求されたりしちゃってますか?」


 僕はふとそんなことが気になった。


「全然、だってママは作曲してって頼んでないもん! Ryu君が勝手に作ったんだよ!」


「あ、はは」


 それは暴論な気もする。確かに、満さんは作曲してくれなんて言ってなかった。それに、Ryuさんも自分で勝手に作曲した風に言っている。


 だけど、僕は間違いなくこの歌で得をする。だから、稼げるようになって、自由にできるお金ができたらRyuさんに勝手に押し付けようかななんて思った。


「あ、そうだ! 今度Ryu君のところ遊びに行こうよ! 凛くんもしかしたら楽器の才能もあるかもしれないし」


「まさかぁ……」


 僕はそう思った。だけど、音感は悪くないのかもしれない。だって、歌はこんなに褒められているんだから。


 そもそも、音痴だったらプロの人が伴奏音源を自主的に送ってくるなんてことはないはずだ。それに、Ryuさんみたいに何も言わなくても音楽を作ってくれるのもありえない。


「でも、リアルのRyu君にも会わせたいんだよねぇ。きっとびっくりするから!」


 まるで、いたずらのでもしているみたいに笑う満さん。それが、とても楽しそうだった。


「練習、再開します!」


「じゃあ、オケ流すね!」


 僕の午前中はこの日からしばらく、MalumDivaの練習になった。僕は、僕の歌の中で過去最高をこの歌でたたき出したかったのだ。


 それで、午後はJ-POPの勉強だ。僕はすっごく取り残されている。だから、いろいろ聞いて覚えて、視聴者さんたちのリクエストに答えられるようにも頑張らなきゃいけない。でも、頑張ろうとすればするほど、頑張っている実感はどんどん消えていくのだった。


―――――――

※ラテン語は機械翻訳です! 作者にはラテン語なんてわかりません! 誰か力貸してください!

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