第13話・clockchild下
clockchildのお店は、まるで異世界だった。ステンドグラスや、逆十字など、まるで邪教の教会みたいに見える。服は、小悪魔的な可愛らしさを持つものばかりだ。
「clockchildは、黒ロリを中心としたゴシックロリータのお店です。きっと凛くんにはお似合いですので、是非ご覧下さい」
ここに来る道中、満さんとこの女性は連絡先の交換を行った。僕が携帯を持っていないから、連絡は満さんを通してもらうことになったのだ。その際、この女性の名前もわかった。女性の名前は水樹楓さんというらしい。
「だって、凛くん! どれ着たい?」
と、言われても……。
「あの、僕、女の子の服なんて恥ずかしくて選べないです……」
だって、僕は男なんだ。だから、自分が着る目的で女児服を選ぶなんてありえないことだ。そもそも、僕にこんな小悪魔的な服が似合うのだろうか。似合いそうな顔立ちをしているから、スカウトされたのだろうけど、自信はない。
「じゃあこれなんてどう? 今の凛くんなら、きっと、似合うよ!」
満さんがそう言いながら差し出したのは、黒のドレスのような服だった。
今の僕というのは、きっと髪型のことな気がする。
「でも、多分、髪は切ることになりますよ?」
だって、モデルとして活動するとき、事務所の方でカットをしてくれるって言っていた。だから、多分僕がこの髪型でいるのもきっとあと数ヶ月だ。
「あ、そうだね! でも、実際に切るのはいつかなぁ?」
すると、楓さんがそれを聞いていて答えをくれた。
「髪をカットするのは、4月下旬を予定しています。夏物の衣装の撮影をするときですね」
いつもの満さんのモデリングペースを考えると、僕がVTuberデビューするのもちょうどその時期になる。うまくいけば、VTuberとしての僕をモデルとしての僕が宣伝できるし、逆も然りだ。この情報は上手くリンクさせよう。
「うーん一ヶ月ちょっとかぁ……じゃあこっち!」
今度はセーラーカラーのついた、聖歌隊風の衣装だった。だけど、十字架が全部逆さまで、アンチクライストな雰囲気がある。赤の差し色も綺麗だ。
「えっと、これ、僕が着るんですよね?」
だけど、やっぱりそれは女の子の衣装で、着るのはちょっと恥ずかしい。
「うん! 着て!」
「……わかりました」
もう、頭はずっと沸騰しっぱなしだ。脳みそが煮詰まってしまっているかもしれない。
だけど、僕はこういう服を着てモデルをやるんだ。だから、今のうちに慣れておく必要がある。だから、僕はその服をもって試着室に入った。
考えれば考えるほどおかしな状況だ。まともな仕事を、僕ができるとは思わない。だから、おかしくていいのだ。だって、そもそも見た目と年齢がちぐはぐなんだから。
僕には、そのちぐはぐな見た目を武器にする道が示された。だから、僕はその道を選んだ。胸を張らなきゃいけない、これが僕の武器なんだ。
着替えが終わると、僕はカーテンを開いた。服は、少しだけ着るのが大変だった。
「わぁ……邪教の歌姫って感じ! すっごい可愛いよ!」
「予想以上です! 逸材です!」
カーテンを開けると、満さんと楓さんから賞賛の嵐が飛んできた。
「変じゃ……ないですか?」
胸を張るつもりだったのに、どうしてもやっぱり恥ずかしい。こんな服を着るのは初めてだ。
「変……だね……こんな可愛い子が現実に存在するなんておかしい!」
満さんはそう力説した。
その表現は、ちょっとよくわからない。だけど、違和感が有るという意味ではないみたいだ。
「失礼、写真を一枚……」
そう言って、楓さんは僕の写真をカメラで撮る。
「なんの写真ですか?」
「事務所に送る用です。間違いなく、採用されますよ! 私が保証します!」
その反応も、似合っているという評価にほかならない。ちょっとだけ、恥ずかしがってしまった。だけど、こういう服を私服にしていれば、すぐに慣れると思う。
「あ、その写真あとでこっちにもいただけますか?」
満さんが言うと、楓さんは悪い顔になって返事をする。
「いいですよ……。内々の写真ですからね、超貴重品です。お母さん、運がいいですね!」
もしも僕が有名になったら、超貴重な写真になるのかもしれない。だけど、この時は思ってなかった。僕が、あそこまで有名になってしまうなんて……。
「ふふふ、ありがとうございます。代わりに、凛くんの他の衣装の撮影も許しましょう!」
満さんと楓さんは、二人で悪い顔をしている。まるで時代劇の悪代官と悪徳商人だ。
「ありがとうございます……では、いろいろ着てもらうとしましょう……」
まるで、着るのは僕だということを二人はすっかり忘れてしまったような気がした。
僕は、実に二十着以上を試着させられ、うち十着を買ってもらった。
この、clockchildは結構いいブランドで、服はどれも5000円以上してびっくりする。それが、モデル割りをしてもらって半額になった。それでも十着も買えば三万円弱だ。それに、靴まで買ってしまった。それを、顔色ひとつ変えずに、黒いカードで支払った満さんに僕はびっくりするのだった。
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