第14話・密かな憧れ

 昼食はそのショッピングモールで摂ることになった。実は、フードコートというのは初めてだ。だけど、小さな頃……小学生位の頃は僕だってちゃんと両親に愛されていた。ただ、発育が遅かったため、ジャンクフードは避けるように言われてただけ。それに関しては、ちゃんと愛情として受け取っている。


 しかし、ゴシックロリータを着ている人は少ない。


「あの……見られてません? やっぱり僕、変なんじゃ……?」


 必然、目線は僕に集まってくる。格好が奇抜なことが原因ならいいが、女装の変態男として見られているなら、それは嫌だ。


「えっとね、凛くんが可愛すぎて見られてる。さっきすれ違った人、凛くんのことアイドルみたいって言ってたよ? マスクとか、サングラスとかしたほうがいいかもね」


 アイドルはさすがに無理があるという僕の固定観念と、ジュニアモデルとしてスカウトされてしまった事実が脳内でせめぎ合う。やっぱり、僕は女の子に見えるんだ。だから、いい加減この固定観念は捨てないとダメな気がする。


「マスクと、サングラスですか……。不審者みたいですね」


 僕は、ちょっと自嘲気味に笑った。


 でも、満さんだって顔を隠すのは必要だ。満さんはちょっとお目にかかれないレベルの美人だ。


「でも、モデルとして活動し始めたら、絶対必要だよ!」


 雑誌とか、テレビとかに出るとしたら、有名人になってしまう。そしたら、もしかしたらストーカー被害に遭う側に回ってしまうかもしれない。


 少女的な外見であることを受け入れて開き直れば、僕はスカウトされる程度には可愛いらしい。


「あれ? もしかして、さっきの条件って……」


 急にそれが気になりだした。


「うん、普通モデルの時給は八千円程度。それも、ある程度知名度のあるモデルさんでもそのくらい。でも凛くんは、最初から時給一万円。破格の条件だよ」


 満さんの言葉でようやく実感した。僕は、とてつもない美少女としての扱いを受けているのだ。


「僕って、そんな扱いをしてもらえるほどですか?」


 でもやっぱり、そこまでだと自分では思えなかった。


「VTuberの業界って、中の子も可愛い場合って結構あるんだ。そんな業界に身を置いておきながら、凛くんほどの美少女は見たことがないよ!」


 くんと呼びながら、美少女と褒めるなんて、変な状況だ。だけど、変なのは僕の体だからそれも仕方がない。


 ちょうどその時、机に置いていた呼び出し用の端末がビーと鳴った。


「じゃ、行こっか!」


 満さんと一緒に頼んだのはハンバーガーだ。弟はたまに食べていたけど、僕にとっては初めてだ。


「はい!」


 僕は手を引かれて、フードコートの一角にあるモック・ドルイドに向かった。モックは誰でも知っているほどのハンバーガーチェーンだ。そして、僕の密かな憧れだった。もし、就職ができたら最初にモックに行こうと考えたくらいだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「81番たまわりました! フォレスト・フィッシュセットとラッキーセットです!」


 フォレスト・フィッシュが満さん、ラッキーセットが僕だ。ラッキーセットは僕の偏見の中で、モックの代名詞である。これが食べてみたかった。


「どうもー」


 ふたり分のごはんが一つのお盆に乗っている。それを満さんが受け取った。


「はいこれ!」


 数歩離れたところで、ラッキーセットについてくるおもちゃを満さんは僕に渡した。


 びっくりしたのは、モックのおもちゃは子供向けだとばっかり思っていたけど、意外とそうでもないこと。僕が選んだおもちゃは、可愛らしいキャラクターの見た目をしたメジャーだった。


「あの、僕そんなに子供じゃないです……」


 だけど、恥ずかしくなる。メジャーなんて持っていて困るものじゃない。だけど、見た目がどう見ても女の子向けだ。


 ある意味、今の僕にはお似合いかも知れない。だって、ゴシックロリータを着ているのに、男の子向けのおもちゃはちょっと変だ。


「え? おもちゃが欲しかったんじゃないの?」


 満さんは不思議そうな顔をしていた。


「僕、モックって初めてなんです。だから、代名詞だと思うラッキーセットを食べてみたかっただけです。おもちゃは、実用性で選びました」


 僕だって、ちゃんと大人な部分もあるつもりだ。確かに、満さんの言う通り、子供っぽい部分は多い。だけど、さすがに可愛いから欲しいと思うほどは幼くない。


「そっかぁ」


 そう言いながら、満さんは柔らかく微笑んで、僕の頭を撫でてくる。


 やっぱり、子供だと思われてる気がする。アラサーのおじさんなのに……。


「満さん!」


 僕はちょっとだけ怒った。だって、頑なに子供扱いするから。


「ママです!」


 満さんは負けじと怒った。忘れていた、僕は満さんをママと呼ばなくてはいけなかったのだ。


「ごめんなさい、ママ……」


 そういえば、満さんはどうして僕をこんなにも甘やかすのだろう。ママになるって言ったにしても、ちょっとだけやりすぎな気がする。


「ふふふ、いいんだよー」


 また、満さんに撫でられる。


 片手でお盆を持って、すごいバランス感覚だなと、僕は変なところに感心した。


 初めて食べた、ラッキーセット。それは、確かにとても美味しかった。だけど、満さんの料理の方が好きだなと僕は思うのだった。

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