第12話・clockchild上
満さんが僕を連れてきたのは、いろいろなブランドが集まるショッピングモールだった。
「デートだね!」
そんなことを言われると、とてもエッチなことをしている気分になってものすごく恥ずかしくなってしまう。
僕は俯くが、満さんは僕の手を離してくれない。
無言になりながら、しばらくモール内を歩いていると急に後ろから声をかけられた。
「すみません、お時間よろしいですか!?」
振り返ると、パンツスーツに身を包んだシニョンの女性が立っていた。
「えっと、芸能界のお方ですか?」
満さんはその女性に尋ねる。
「はい、そちらの。お子さんかな? その子に、是非うちのモデルになって欲しくて」
奇しくもアイドル並というのが、すぐに立証されてしまった。モデルだって、顔立ちの整った子供がやることだ。
でも、僕の服装はモデルとしてスカウトされるにはあまりな服装だ。だって、今着ているのは安物の男児服だ。
もちろん、僕だって子供服を着たいわけじゃない。だけど、僕の体型だと大人の服は大きすぎる。
「凛くん、やってみたい?」
満さんは僕に聞いた。
その言葉を聞いて、女性はひと目でわかるほど慌てた。
「くん!?」
いつだってそうだ。僕が男だって知った人は大体びっくりする。
「えっと、あはは……多分モデルって、女の子の服の、ですよね?」
「あ、はい。子供向けのゴシックロリータブランド、clockchildです……」
やっぱりだ。どうせ、そんなことだろうと思った。
「僕は、成人した男性です。ご希望に沿えそうにありません」
やりたいやりたくない以前に、できないのだ。それを抜きに考えれば、やりたいとやりたくないは半々だ。だって、お金は欲しい。お金があれば、満さんに出してもらっている健康保険料や食費、生活費を自分で払うことができる。だけど、僕は男で、女装は恥ずかしい。
「好都合です! 成人してらっしゃるってことは、ジュニアモデル特有のめんどくさい部分を全部パスできます! 男性ということだって、水着モデルをせずに黙っていればバレません。そもそも、私は水着モデルをさせる気はありません!」
女性は僕の手を取って熱弁した。
僕は困って、満さんをみた。
「やりたかったら応援するよ?」
帰ってきたのはそんな言葉だ。僕は、断る理由と仕事を受けたい理由が拮抗してさらに困ってしまう。
「ちなみに、報酬は時給一万円からスタートしましょう! それから、本日も割引致しましょう! 損はしませんよ、ええ!」
時給一万円、目が飛び出るほどの値段だ。
「お、お願いします!」
それだけの稼ぎがあれば、僕は満さんにかなりお金を返せる気がした。それに、今日買ってもらう服だって、そのclockchildで買えば節約になるはずだ。もう、僕に断る権利はなかった。
「ありがとうございます! あ、髪のカットもさせてもらいますね! カット料金は当然、当事務所で負担させていただきます!」
前髪後ろ髪の区別なく、髪が全部長いのはホラー映画の様な不気味さがある。それも解消できるのは、まさに渡りに船だった。
「いいの?」
満さんは僕を心配してくれる。僕だって、女装には少し抵抗があるけど、それでお金を稼げるなら抵抗だなんて言ってられない。
「いいんです。だって、これで自分のお金くらい自分で稼げるようになるかもしれないですから!」
僕にとってはそれが一番重要だ。今、一番に解決すべきことは、満さんへの金銭的依存だ。だから、それを解決できる仕事の話は僕にとって最優先事項である。
「ちなみに、お母さん……でいいですか? ゴシックロリータなどは、趣味としていかがでしょうか?」
そういえば、僕の服は満さんの趣味で決めると言っていた。趣味に合わなければ、モデル割りもあまり意味があるとは言えない。
「実は、ちょうどゴシックロリータのお店を探しているところでした」
どうやら、こっちも渡りに船だったみたいで安心と不安が入り交じる。
「お母さんも、とても美人さんですし……。どうでしょう? 同社のブランドDarkAliceを利用した親子コーデなど」
スタイルもいいし、胸だって大きい。女性としては、すごく魅力的な人だ。だから満さんのゴシックロリータはきっと、似合う気がする。
「う~ん、自分で着るのはなぁ……でも、親子コーデは惹かれるなぁ」
実際には親子ではないけど、満さんがしたいっていうなら僕はいくらだってそうする。だって、満さんには返せないほどの恩があるから。
「もしよろしければ、売り場を見て決めてください。clockchildとDarkAliceの売り場は隣同士ですので」
女性がそう言うので、満さん一瞬迷いながらも答えた。
「そうですね、ちょっと見てみます」
お金を稼ぐなんて僕には無理だと思っていたのに、VTuberに続き、こんな仕事まで舞い込んでくるなんて思ってもみなかった。家から追い出されて、急に僕の世界は広くなった。今では少し、追い出されたことに感謝をしている。だって、追い出されなかったらきっと今もただニートをしていただけだから。
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