第10話・弟系VTuber

 その日の満さんの放送は、作業枠だった。今日は下絵を書く放送だ、

 僕はその放送を、リビングから見守っている。


『こんばんわー! みんな今日もお疲れ様! みんなえらいえらい』

 放送が始まると、みっちーママが画面の向こうで微笑んでいる。

 それと同時に、コメントが賑わった。


剣崎:ママー!

里奈@ギャル:ママー!

銀:ママー!

デデデ:ママー!


 こんなふうに、画面がママ一色で埋め尽くされるのはもはやいつものこと。みんな、放送予定が公開された時点から待っているから。

『今日はお絵描き枠だよー! 昨日出演してもらった凛くん、VTuberになることが決定しました! だから、今日はモデルの下絵を描いていくよー!』


 モデルを作るとき、まずは絵を書いて、それを元にポリゴンを打っていく……らしい。

 モデルというのは、実は多面体で、点の集まりだそうだ。みっちーママが解説してくれた放送があったけど、僕にはよくわからなかった。


ダン・ガン:可愛い声してたよね? 美少女モデル期待!!

里奈@ギャル:妹にしか見えない弟……そういうのもアリか!?


『うん、そのつもり! 本人も女の子にしか見えないしね!』

 僕のモデルは、どうしても美少女になっちゃうみたいだ。

 だけど、次のコメントがすごく不穏だった。


デデデ:大丈夫? 掲示板荒れてるよ? http://www.7ch.thred.id=114514


 デデデさんのコメントには、その掲示板のURLが同封されていた。

 僕は気になって、そのリンクをクリックしてみる。ブラウザの別タブにその掲示板が表示された。


85:以下名無しにかわりまして息子がお送りします

ぶっちゃけリンとか言う奴邪魔じゃね?

てか、成人した男とママが一緒に暮らしてるとか考えたくないわ


86:以下名無しにかわりまして息子がお送りします

>>85

それな……

てかさ、普通にキモいわ。成人してる男なら、自力で生きろよ……


87:以下名無しにかわりまして息子がお送りします

男で身長138とか、普通に考えて人権ねぇだろ……


 そんなコメントが、溢れていた。

『ふーん? 荒れてるんだ? でもさ、この掲示板に書いてる人たちの意見と、放送のコメントって全然方向性違うよね? ということはさ、ママの前で自分を偽ってるか、そもそもコメントしてないかどっちかだよね? じゃあ、別に掲示板荒れてても放送に影響ないじゃん』


 みっちーママはそれをバッサリと切って捨てた。

 掲示板のコメントは僕にとって結構ショックだった。人権ない云々は別にいいけど、自力で生きろはその通りだと思う。成人してるのに、まともに働くこともできなくて、僕は情けないなって思ってしまった。

 だけど、動画のコメントはそれに賛同していく。


剣崎;うっわひっど、このスレ潰してくるわ……

里奈@ギャル:剣崎しぃ……協力は必要かね?

銀:ぶっちゃけ、俺は凛くん受肉賛成! ママ、産んじゃえ!

ダン・ガン:てか、凛くん出演マダー?(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン

デデデ:ごめん、愚問だった


 そんな感じのコメントがいっぱいだ。

 意外だったのは、僕が今日も出演するのを待っているコメントが結構多いことだ。


 こんなに僕に好意的な人がいるなら、意外とVTuberとしても成功できるかもしれないと思えた。

『賛否両論は最初から覚悟の上。でも、否の方の意見が、こんなに弱いのは想定外だけどねー』


 コメントや、掲示板ばかりを見ていて僕は放送を見ていなかった。だけど、ママは絵を書くのがびっくりするほど速い。だから、僕は慌てて放送画面に目を戻した。

 すると、そこには美少女の線画が出来上がっていた。


「え? 誰この美少女?」

 そう、それはもう完璧と言えるほどの美少女だった。未成熟さすら武器にして、妖しい色香を放つ、傾国の美少女が無表情にこちらを見つめているのだ。

 だから、僕は思わずつぶやいてしまったのだ。


『あ、ちなみに、結構本人に似せて描いてるよー!』

 いや、いくらなんでもそれはない。

 そう思って、僕は鏡を見てみる。できるだけ表情を消して、無表情に、無機質に。

 すると、結構似ていた……。


「え? あれ? 客観的に見ると僕ってこんな?」

 自分の美貌に驚くのは、人生で初めての経験だった。

 だけどやっぱり幼い……。僕はきっと、これ以上は多分成長できないのだ。


剣崎:え? 美少女すぎワロタ……あれ?

銀:男の子だったような? 男の子だよね? 男の子とは(哲学)

デデデ:興奮してきた!

里奈@ギャル:通報した


 そんなコメントが流れて、更にコメントは加速していく。どんどん僕の出演を願うコメントが増えていく。

『それじゃ、今日も呼ぶ?』

 みっちーママの発言に、コメント欄には賛同の嵐が吹きあれた。


 良かった、僕を嫌ってるのは本当にごく一部の人みたいだ。でも、その人たちには少し申し訳ない。僕が満さんに拾われたせいで、その人たちの平穏を乱してしまった。


『あ、でも、その前にキャラ決めよう!』

 ふと、みっちーママがそんな事を言う。

 それからノータイムでコメントが飛んできた。


里奈@ギャル:ウチらの弟っていうことにしよう。だって、コメント昨日が初コメントでしょ? リスナーになった瞬間が生まれた瞬間って考えてさ、末弟になってもらおうよ!


 そして、それにみっちーママが賛同してしまった。

『いいね! 妹にしか見えない弟系VTuber秋葉リンくんにしよう!』


 こうして、僕はみんなの弟としてVtuberデビューすることが決まったのである。

 ちなみに、みっちーママは秋葉未散と言う本名と言う設定がある。そして、放送主と視聴者全員を合わせて、秋葉家というのだ。

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