第8話・区役所
朝食を食べて、訪れたのは区役所だ。ここで、僕の実年齢を確認しないといけない。
僕の未成年疑惑は朝の一件でより深まってしまった。僕が性的なことに関して無知すぎるがために、外見相応の年齢に見えてしまうのだ。
「緊張してる?」
「はい、すごく」
僕は不安なのだ。もし、本当の年齢が分かってしまったら僕は放り出されるんじゃないかと。だけど、ここは役所で、おそらくそういう人への救済措置も多分ある。
だからと言って、また捨てられるのはすごく辛い。捨てられる経験なんて、人生で一回きりで十分だ。
「大丈夫だよ……ママが、本気で何とかするから」
だけど、もしも僕が満さんより年上だったらどうしよう。ありえる話だ、だって満さんは見るからに若そうで。僕はアラサーのおじさんだ。
『514……番でお待ちの……お客様……23番の……窓口まで……おこし下さい』
機械音声が僕たちの持っている整理券の番号を告げる。単語を無理やりつなぎ合わせたような歪な音声だった。
窓口では役員さんが手を挙げて待っている。
「行くよ、凛くん。大丈夫だからね!」
なんで、満さんはここまでしてくれるのか、僕には不思議で仕方なかった。
「分かりました……」
不安で仕方がない。
手続きが始まった。
「住民票の写しをお願いします」
これは僕が言わなければどうしようもない。だって、住民票の写しをもらうのは僕だ。
「えっと、お嬢ちゃんのお名前は? なんで、住民票が必要なのかな?」
そうだ、僕なんて小さな女の子に見えてしまう。だから、こんなふうに言われるのは日常茶飯事だ。
「七瀬凛です。国民健康保険に加入するために、身分証が必要なので写しをお願いします」
その返しに、受付の役員さんは、僕が見た目通りの年齢でないと察してくれたみたいだった。だから、そのあとの手続きはスムーズに進む。
本人確認のために、まず、戸籍の筆頭者……父の名前を聞かれた。続いて、その年齢、母親の名前、その年齢、自分の年齢、生年月日、干支……。いろいろ聞かれて、最後に300円の収入印紙を買うように言われて、もう一度待たされる。
「そっか、凛くん27歳なんだ?」
「はい……気持ちわるいですよね?」
外見年齢と実年齢が、僕の場合あまりにかけ離れている。だから、それを利用して騙すことだって最初は考えた。
騙して、甘えて、子供扱いさせて、漬け込んで、それで助けてもらうことだって。
その気持ちが変わったのは、満さんが僕に優しくしてくれたからだ。確かに、少しえっちなことはされた気でいる。だけど、それにはちゃんと理由があった。虐待の有無の確認や、ベッドが一つしかなかった事だ。それに、満さんの話では、それはそんなにエッチなことじゃない。だから、僕はもう騙す気はない。
「数字なんてさ、関係ないよ」
満さんは言い切った。
「え?」
「あのね、凛くんは自分のことまともな大人だと思う?」
まともな大人がどんなものか僕にはわからない。だって、関わったことがある大人は、学校の先生と両親だけ。あとは、一瞬で不採用を決めた面接官の人たち。
だから……。
「わかりません……」
「ほら、前も言ったでしょ? 凛くんの心は大人って言うにはちょっと幼いの。それに、その時、年上かも知れないなんて聞いてたよ。本当に年上だなんて思わなかったけどね」
満さんはそう言って、困ったように笑った。
きっと、僕の心の未成熟さはちょっとどころの話ではない。だから、満さんは今の今まで僕が未成年であることも可能性として考えていた。
だけど、本当に僕の方が年上と知っても全くスタンスを変えないなんて思ってもみなかった。
「少し……恥ずかしいです」
少しではなく、本音で言えば、すごくだ。年下の女性に、こんなに甘やかされているなんて、ありえないことだ。
僕と満さんの関係はきっと傍から見れば、とても気持ちわるいものだ。だが、視覚的情報がその気持ち悪さを軽減してくれているかもしれない。
「いいんだよ。ママはママだから」
謎の理論によって、その気持ち悪さは押し通られてしまう。
それに、従わなければ僕は根無し草になるだけだ。
「分かりました……」
「敬語も、そのうちやめてくれると嬉しいな」
こまってしまった。敬語を使わない相手なんて、家族くらいとしか関わってこなかった。
そうしていると、また、受付番号が呼ばれる。
『514……番でお待ちの……お客様……23番の……窓口まで……おこし下さい』
窓口に行くと、収入印紙と住民票の写しを交換できた。
その後、それを持って国民健康保険への加入。その手続きだって、とても時間がかかった。だけど、全部満さんが手伝ってくれて。お金も、全部満さんが出してくれた。
正直、僕だって情けないと思う。
早く僕もお金をちゃんと稼げるようになって、満さんに払ってもらったものを全部返せるようにしなくちゃいけない。そう思った。
そんな、区役所での手続きだけでもう半日も経ってしまった。時間だって、無限じゃないのに……。僕のために、時間を使わせるのも、本当にしのびなかった。
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