第7話・現実だった

 覚めないと思ってた目が、覚めてしまう。

 起きたとき、僕は満さんの腕の中にいて。満さんは、僕の顔をじっと見ていた。

 きっと、僕より先に目が覚めていたんだろう。

 急激に、頭が冷たくなっていくのを感じる。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 僕、絶対責任をとります! なんでもして、ちゃんとお金を稼げるようになって、子供を養いますから!」


 僕は跳ね起きて、満さんに土下座した。


「え? え? どういうこと?」


 満さんは、わけがわからないというような顔をしていた。


「だって、僕、満さんを妊娠させちゃいました!」


 もう、泣きそうだった。


 目が覚めたから、もう疑いようがない。あの都合のいい夢みたいな昨日は全部現実だったんだ。パパになるなんて、まだ覚悟ができていない。だけど、できちゃったんだから、僕は責任を取らなくちゃいけない。


「えっと、子供ってどうやってできるか知ってる?」


 それくらい、僕だって知っている。


「大人になった男女が、一緒に寝るとできるんですよね?」


 そう、寝ると子供という言葉はセットだ。


「えっとね、違うんだ……。エッチをするって分かる?」

「一緒に寝ることですよね?」


 学校で習ったことはちょっと違うけど、そんなことできるわけがない。だって、その……アレ……は、硬くならないから。


「え? 違うよ……。あの……」


 それから、僕は性教育を満さんから直々に受けた。なんでも僕が嘘だと思い込んでいたことが本当のことらしい。そんなすごいことをするなんて、僕は思ってもみなかった。ただ、ひとつわかったのは、僕の体が大人としては本当に未完成だということだ。僕の体は、第二次性徴を迎えていなくて、そのせいでそういうことはできないみたいだ。


「え、えと……勘違いしてごめんなさい」


 僕は、そのえっちについての話を、真っ赤になりながら聞いていた。だって、僕には刺激的すぎた。えっちよりえっちだと思っていたことが、実は全然えっちなことじゃなくて……。僕の体が未成熟だから、そう思っていただけだったのだ。


「あぁもう! 凛くんは純粋すぎ!」


 そう言いながら、満さんは僕を強く抱きしめた。


「だって、僕……嘘だと思ってて」


 だって、経験したことがないからそう思っていたのだ。コウノトリ云々はさすがに違うということはわかった。だって、女の人のお腹は大きくなるから。


「可愛いなぁもう! でも、余計に成人してるって信じられないよ。だから、今日はちゃんと役所に行ってもらうからね!」

「役所で何をするんですか?」

「えっとね、まず、住民票の写しをもらって、それを身分証にして、いろいろ身分証をもらうの。保険証とか」


 保険証がないと、病院に行くにもお金がかかってしまう。これまでは両親の扶養で保険証を持っていた。だけど、その保険証も今は財布と一緒に実家だ。僕は本当に、何も持ってない。そもそも、ほとんど病院なんて行かせてもらえなかったけど。


「保険証、どうするんですか?」


 僕が聞くと、満さんは自信満々に言った。


「国民健康保険に加入しよう! お金は全部ママが払ってあげるから!」


「あの……それは悪いです」


 今の、僕にはお金を稼ぐ手段がない。

 それに、満さんとは昨日知り合ったばかりで、そこまでしてもらう義理なんてどこにもない。



「凛くんに拒否権はなし! いいね?」


 だけど、満さんは有無を言わせようとしない。


「でも……」


「でももしかしもない! 返事ははいかYES! わかった?」


 ここまで言われて、僕はどうすることもできなかった。逆らいすぎて、追い出されても、この季節だ。僕は死んでしまうだろう。

 せっかく拾った命だ。できれば生きていたい。


「……わかりました」


 僕が言うと、満さんは笑顔になった。


「うん! よろしい!」


 だけど、僕だってこのままじゃいられない。


「僕も、なにかお金を稼げるようになりたいです」


 だけど、僕はそもそも年齢を信じてもらうことができない。もう27なのに、小学生とだって間違われてしまう。だから、普通に会社勤めしようとしたってうまくいかない。だったら、僕はどうすればいいんだろう……。


「正直さ、個人事業主系しかないと思うんだよね。凛くんは、どう見ても子供にしか見えないから。とりあえず、その話は後! 朝ごはん食べて、役所へ行く! 話はそれから! いいね?」


 こう言われてしまうと、僕にはもうどうすることもできなかった。


「はい……」


 その後、僕は満さんと朝ごはんを食べる。


 朝ごはんは、なんの変哲もないトーストと目玉焼き。だけどどっちも焼きたてで、あったかくて、そんなのは本当に小さな子供の時食べて以来だった。

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