第5話・群集心理

 意を決して、僕はエンターキーを押した。

 

 ママサブ:コメントするのは初めてです! リンといいます、よろしくお願いします!


 僕にUtubeのアカウントなんてなかった。だから、咄嗟に名乗ったのはほぼ本名で、すごく恥ずかしくなってしまった。


『今ね、ママのサブのパソコン使ってるから、リン君はママサブになってるんだよー』

 みっちーママが咄嗟に機転を利かせてくれたおかげでそれは僕のハンドルネームになった。


 銀:リン……君?


 その後コメントは一気に荒れる。


 ダン・ガン:男の子だあああああああああ! 許さんんんんんんんんん!

 里奈@ギャル:待って、ママ! 男って獣だから!

 デデデ:精通前か後か、話はそれからだ……

 剣崎:デデデよ……それは、オセンシティブデスワァ!


『待って、みんな大丈夫だから! 拾った子、すっごく小さいの! 本当に小さくて……何も知らなくて……オムライス、作ってあげたらね、泣いちゃったんだよ?』

 ママの声は途中から涙声に変わる。

 まるで、僕を思って泣いてくれてるみたいに。


 銀:何も知らない?

 里奈@ギャル:待って、それって……ネグレクト?

 剣崎:ごめん、拾ってあげるべきだわ。俺は、ママの決断はすごいと思う。

 デデデ:申し訳ありません……ふざける内容ではありませんでした。

 ダン・ガン:同じく、申し訳ありません


『ごめんね! 話のタネにするつもりだったのに、ちょっと暗くなっちゃった……』

 僕だって、そのつもりだった。満さんが、僕の影響で少しでもお金を稼げるなら、返しきれない恩を、ほんの少しでも返せるかなって思ったんだ。

 だから、こんなふうに泣いてくれるなんて思ってなかった。


 ママサブ:みっちーママ、ありがとうございます。僕のこと、考えてくれて嬉しいです。それと、皆さんごめんなさい。配信の雰囲気を暗くしてしまって。


 僕はもう一度コメントした。

 すると、また、コメントは怒涛の如く流れていった。


 銀:ママが心痛めて泣いてくれるのはいつものこと……だけど、いい子だね

 里奈@ギャル:ウチらがママ好きなんって、こういうところじゃん?

 メシマズ:つか、オムライスで泣くって何事?

 デデデ:思ったんだが、親娘配信なんてどうかな?

 ダン・ガン:それだ!


 コメントは、僕のことでいっぱいになった。

 ママの配信は二種類ある。作業枠と、相談枠だ。

 相談枠は、前もって悩みを募集しておいて、その相談者を主役として進行していく。今回の配信は、それに近い雰囲気になっていった。

 僕が主役になってしまうのは、初めてだ。正直どうしていいかわからない。

『そうだ、凛くんにも出てもらおう? よかったら、入ってきてね』

 みっちーママは明るくて優しい雰囲気に戻って、そう言った。


 銀:無理することはないからね?

 里奈@ギャル:ぶっちゃけ、ママがどんな子拾ったのか、その情報は多いほうがいいけど……。無理したらダメだからね!


 そんなコメントがどんどん流れていく。

 僕は心の中で、「夢の中なんだから」と何度もつぶやいて息を大きく吸って、隣の部屋のドアをノックした。

 中の音は何も聞こえない。

 だけど、ドアがすぐに開いた。


「いらっしゃい」

 そこにはみっちーママの声を出す、満さんがいた。

 僕はその部屋の中に入っていく。満さんに手を引かれながら……。

 その部屋は防音室だった。

 灰色の、クッション性の高い防音材が壁一面に貼り付けられ、コンデンサーマイクにオーディオミキサーまであった。パソコンも、かなり大きいタワー型のものだ。


「えっと、どうしよっか? 椅子に座っちゃうと、マイクに届かないかな?」

「大丈夫です、僕たってますから!」

「うん、じゃあここ立って。画面見える?」

「はい!」

 そう言って、画面を覗くと、コメントの嵐だった。


 銀:女の子じゃん!

 里奈@ギャル:女の子じゃん!

 デデデ:女の子じゃん!

 剣崎:女の子じゃん!

 ダン・ガン:女の子じゃん!


 つまり、僕の女の子疑惑でコメント欄が埋め尽くされていたのだ。

 だが、そこに一石を投じるように別のコメントが混じっている。


 デデデ:マイクに届かない? どんだけ小さいの?


「あ、それ、ママも気になってた! 身長いくつ?」

「138です……」

 それでいじめられた経験もあったし、恥ずかしかったけど、満さんのためならどうでもよかった。

 それに、目の前にいるのはみっちーママでもあるんだ。僕はみっちーママにも沢山恩がある。


 デデデ:未成年だよね? 一応、未成年略取になる可能性があるから、できるだけ早く役所に相談したほうがいい。その場合、事前に里親研修を受ける必要があるから、一旦施設にあずけて、研修を受ける。その後、その子の親になれるかは運次第。正直、可能性はゼロに近い。


 デデデさんのコメントは恐ろしい程適切だった。ただ、それは僕が未成年だった場合だ。

「うん、知ってる。でも、そこは大丈夫」

 そう言ったあと、一泊おいて、満さんは僕に耳打ちした。

「成人してること隠す?」

「いえ、大丈夫です」

 満さんは再びマイクに向かった。

「この子は成人してるんだ」

 すると、コメントが一気に怒りに沸き立った。


 デデデ:成人で138は身体に異常がある。ネグレクトだろうな……

 銀:なんだよその親、本当に人間かよ!?

 里奈@ギャル:マジ許せない! リンくんには幸せになって欲しい……

 ダン・ガン:デデデ氏の言うとおり、ネグレクトからの栄養失調が原因だろ…‥


 全部、僕への怒りじゃなく、僕の両親への怒りだ。

「うん、私も許せないから、絶対親元に返さない!」

 しかし、「みんなの意見」というのは怖いもので、その日僕が成人している男性だということはこれ以上話題には登らなかった……。

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