第4話・夢か幻か
ご飯を食べ終わって、満さんは言った。
「凛くん、ママのお仕事ってVtuberって言うんだけど、わかる?」
「はい、わかります!」
わからないはずがなかった。だって、僕にとってはそれだけが癒しだったんだ。
ふと思い出して、また会いたいと願った。みっちーママに。だけど、この時はそれがもう叶わないと思って寂しかった。
「それでね、Vtuberって割と人生のあらゆることがネタなんだ。だから、凛くんの話ちょっとしてもいい? もちろん、名前は出さないから!」
「もちろん、いいですよ! どんどん使っちゃってください!」
満さんのためだったら、僕は何を差し出してもいいと思ってる。
受け入れてくれて、温かい食事をくれた。僕はもう、一生分幸せをもらった。
「それじゃあ、ママ仕事するから、凛くんはその間ママの配信でも見てる?」
どうせだったら、満さんのことも知りたくて僕は頷いた。
「でも、どうやってみたら?」
そう尋ねると、満さんはリビングの隣の部屋に入って一台のノートパソコンを持って出てくる。
「これ、あげる!」
ノートパソコンはそれなりの値段がすることを僕は知っていた。
「わ、悪いです!」
スマートフォンだって、就活のために必要だから一応与えられてただけだ。僕にはこんな高いものをもらう権利はない。
「じゃ、貸してあげるから!」
「そ、それなら……」
だけど、結局満さんが返してもらおうと思わなければ、それはもらってしまったことと同じ意味だ。ここで折れた僕は、結局それをもらってしまうのだった。
「それじゃあ、もう数分で始まるから待っててね!」
そう言って満さんは隣の部屋へと消えていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
配信が始まると、パソコンに通知が来た。
僕はそれをクリックする。
『こんばんわー! みんな今日もお疲れ様! みんなえらいえらい』
僕は、驚いて固まった。
満さんは、みっちーママだったのだ。
思えば共通点なんていくらでもあったのだ。とてつもなく上手な料理、甘やかし方、声だって多少変わっているけど満さんだってわかる。
こんなこと、夢でしか起こらない。
だから、これはきっと夢だ。
小さな頃に読んでもらった絵本のように、死んでしまう時の甘い夢。
きっと、僕に明日は来ないのだと思った。
その間にも画面は動いていく。
コメント欄が「ママ」で埋め尽くされていく。
『みんなママの動画見に来てくれて偉いねー! 一日頑張って生きたみんなを、ママは誇りに思うよ!』
これがみっちーママの配信スタイルだ。視聴者たちをとことん褒めて、甘やかしてくれる。
『今日はね、ママみんなにちょっとお話があるの。ママ、子供を拾いました』
間違いなく僕のことだ。
コメント欄はまた加速していく。
剣崎:まーた新しいVtuber誕生かぁ
デデデ:男? 女? 女ライバーなら応援する!
里奈@ギャル:つか、もう何人目?
メシマズ:(゚⊿゚)シラネ! マジレスすると、11人目!
流れていくコメントにもあるとおり、みっちーママは多くのVtuberに肉体を与えたモデラーさんだ。だから、子供という話をすると、まずはVtuberの中の人を発掘したという意味で取られる。
『そうじゃなくて、リアルで拾っちゃったの。だから、みんなはお兄ちゃんお姉ちゃんになるんだぞー』
コメントが全て一瞬止まる。
そして、濁流の如く流れた。
剣崎:いやだああああああ! ママが取られるうううううう!
デデデ:ママとっちゃやだあああああああ!
メシマズ:ママ独り占めできなくなるううううううううう!
里奈@ギャル:ウチのママでしょおおおおおおおおお!!
銀:メシマズ氏モチツケ。お前は独占できていない! でもやだあああああ!
ダン・ガン:あああんんまぁぁりぃぃだぁぁぁ!
『みんな、わかって。困ってる子がいたら、ママが放って置ける訳ないじゃない?』
視聴者というのは、結構ライバーのことを知っていくものだ。だからそれは、その一言で簡単に収まってしまった。
里奈@ギャル:ぶっちゃけわかる。ママだから放っておけないっていうのは……
そのコメントを皮切りに、コメントは一斉にみっちーママの行動に納得はしているというものに切り替わっていった。
デデデ:正直、ママだったら仕方ない気がする。ずっと見てきたけど、ぶっちゃけ超お人好しだし。
銀:正直心配になるけど、俺は応援してるよ!
メシマズ:俺も応援することにする……。でも放送しなくなったらやーだ!
剣崎:いい子かどうか、それが問題だ。兄としてそこは見極めねば!
中には、既に僕の兄になった気分でいる人までいて、少し笑ってしまった。
『うん、いい子だよ! だから、みんなもすぐに気に入ってくれると思うんだ! 今、多分配信見てくれてるよね? よかったらコメントしてみて!』
画面の向こうで、みっちーママが僕のことを呼ぶ。
だけど、僕はコメントなんて一回もしたことがなかった。
恥ずかしかったし、心配だった。ママの配信の雰囲気を、僕なんかが壊せる気なんてしないけど、それでも壊したくなかった。
ダン・ガン:ママはママである。優しいということは疑いようもない(哲学)
そんなコメントに、ちょっと笑って、それと勇気をもらった。
きっと僕に宛てたコメントじゃないだろう。子供を拾ったということに対する、リアクションの一部だ。
そうだ、こんな都合のいい現実なんてあるわけないんだし、夢の中でくらい精一杯わがままになろう……。
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