始まりの日 後編(琴葉)
家に帰ってのんびりしていたら電話が鳴った。画面には、”芽依”と表示されている。
明日買い物に付き合うから、その連絡だろうな、と通話ボタンを押した。
『はい』
『琴葉聞いて!』
『うるさっ』
芽依はちょっと落ち着きが足りないんじゃないかな? まぁ、大人しい芽依なんて芽依じゃないか。
『帆花ちゃんと付き合うことになった!』
『へー、って、何その急展開』
『この前告白されて、保留にしてたじゃん? それを彩葉さんが帆花ちゃんに言ったらしくて。放課後呼び出されて、なんで言わないの? って』
『ほお』
彩葉先輩のアシストって事か。
『帆花ちゃんには関係ない、って帰ろうとしたら……あー、もう、帆花ちゃんかっこいい!』
『……うん。何となく分かった』
思い出したらしくキャーキャー言っていたから、スピーカーにして机に置いておいた。
『それで、明日彩葉さんも来るから』
『……はい?』
さっきまで帆花先輩と付き合った、って話だったじゃん。なんで突然彩葉先輩が出てきた?
『帆花ちゃんのプレゼント、彩葉さんに聞いたら? って言ってくれたじゃん?』
『言ったね。同じバンドだし、欲しいものも分かるんじゃないかと思うし』
『うん。だから、誘っちゃった』
『芽依と彩葉先輩の2人で行ったら、って意味だったんだけど……?』
『うん。でも、いい機会かなって。彩葉さんのこと、気になってるんでしょ?』
『……まぁ。でも、絶対変なやつって思われてるから、先輩が嫌がるんじゃないかなって思うんだけど』
『変なやつって……琴葉何したの? 彩葉さんは、琴葉ちゃんがいいなら構わない、って言ってたけど』
私がいいなら構わない、か。私が思ったほど印象は悪くないのかも……?
『それならいいけど……』
『よし! じゃあまた明日ー!』
昨日まで全く関わりがなかったのに、急に接点ができて戸惑う気持ちもあるけれど、休日に先輩と会えるというのは素直に嬉しかった。
「彩葉さん、おはようございます!」
「芽依、琴葉ちゃん。おはよ」
「先輩、おはようございます。今日は髪巻いてるんですね。可愛い」
次の日、待ち合わせ場所に着けば、先輩はもう来ていた。
私服もよく似合っているし、何より髪を巻いている。学校ではワックスで無造作に仕上げられているから、かなり雰囲気が違う。自然と、可愛い、と口にしていた。
なんか、先輩を前にすると語彙力が崩壊する……
「あ、うん。ありがとう。今日は何買うの?」
一瞬止まって、軽く流された。可愛いなんて、言われ慣れてるよね。
「帆花ちゃんの誕生日プレゼントを見たいな、って」
「あー、そっか。もうすぐ誕生日か」
「ベースに関連した物にしようと思ったんですけど、分からなくて……琴葉が、彩葉先輩に聞いたら? って」
「そういう事なら、任せて」
芽依の説明だと、私が一緒に来たかったみたいだけど知らなかったんです、と心の中で弁解した。
向かった先は、先輩がよく来るという楽器屋さん。私も芽依も楽器に詳しくないから、キョロキョロしてしまって先輩に笑われた。
先輩が笑うと、なんだか嬉しくなる。そして、笑った顔がとにかく可愛い。
「帆花にはこの辺がいいと思うよ。確か、これとこれはもう持ってたと思う」
「思ったより種類が多いですね」
「時間はあるし、ゆっくり選んで」
芽依に一通り説明をして、少し離れたところに移動する先輩の後をついて行った。せっかくの機会だし、先輩の好きな物を知りたかった。
「先輩、この辺って何が違うんですか?」
ギターが沢山並んでいて、コードがつながっていたり、色鮮やかだし、形も違うけれど全然分からない。
「ん? ああ、こっちがアコギで、こっちがエレキ」
「先輩はどっち使ってるんですか?」
「私が使ってるのはアコギなんだけど……って、ごめん。ちょっと話しすぎたね」
キラキラした目で、好きな物のことを語る先輩は楽しそうで、知らない単語も多かったけれど、全然苦じゃなかった。
「先輩の好きなものを知れるのは嬉しいので、大歓迎です」
「……っ、そっか」
言葉に詰まって、照れたのか視線を逸らす先輩は可愛い。遊んでるって噂がある先輩とは思えない反応で、やっぱり噂って当てにならないな、と実感した。
「先輩って、ギターを弾いてるとカッコイイのに、可愛いですよね」
「あー、そうやってからかうのやめてくれる? 昨日から、可愛い、って言い過ぎだし」
からかってると思われてたのか……本音なんだけど、やっぱり軽いって思われてるのかも……自業自得だけど、ちょっとへこむ。
「本当のこと言ってるだけなんですけど……嫌でしたか? ……先輩が嫌ならもう言わないです」
「えっ!? そんなに落ち込む!? 嫌って訳じゃなくて、でもあんまり言われるのは恥ずかしい、かなぁ」
嫌じゃなくて恥ずかしい? そっか……嫌がられてなかったことに心底ホッとした。
「良かったぁ」
「……っ、それは、ずるい」
「ずるい?」
ずるい、って何がだろう?
先輩は答えてくれることはなく、芽依の様子を見てくる、と離れてしまった。
1人なら楽器屋さんに入ることなんて無いから、色々見てみようと店内をフラフラしていれば、さっき先輩に教えてもらったピックが沢山並んでいて、その中の1つが先輩みたいだな、と思って手に取っていた。
まるで先輩の心みたいな、澄みきった青。先輩のそばにいると、心が綺麗になる気がするんだ。
「彩葉さん、ありがとうございました!」
「いいえ。帆花、喜んでくれるといいね」
「はい!」
「午後は予定があるから、帰るね。またね」
こっそり買ったものの渡すタイミングがなくて、先輩は先に帰る、と歩き出してしまった。芽依にちょっとごめん、と言えば、何を勘違いしたのか分かってる、というように頷かれた。
「彩葉先輩、待って」
「ん?」
呼び止めれば、振り向いて首を傾げる彩葉先輩。
「あの、これ、貰ってください」
「私に? いいの?」
「はい」
「開けていい?」
「はい」
プレゼントを渡すのって、こんなに緊張するんだっけ。というか、突然プレゼントとか意味分からないよね?
でも、先輩に似合うと思ったんだ。
「綺麗」
「使ってくれたら嬉しいです」
ピックを袋から出してそう呟いた先輩に、嫌がられてはなさそうだな、って安心した。
「うん。大切にする」
「それで、あの、良ければ、その……」
あれ? 連絡先ってどうやって交換するんだっけ? IDを書いておいてメモを渡すとか? いや、今メモなんてないしな……
「琴葉ちゃん、連絡先聞いてもいい? 今度お礼させて」
言葉に詰まったら、彩葉先輩が優しく笑ってそう言ってくれた。
「お礼はいいですけど、連絡先は是非! コード出しますね!」
メッセージアプリを開いたけれど、自分のコードってどの画面で出すんだっけ? これか? いや、違うな……え、どこ?
「焦らなくていいよ」
「これです!」
無事に見つけて、微笑みながら待っていてくれた先輩に画面を見せれば、コードを読み込んでくれた。
「よし、登録OK。琴葉ちゃんの方も大丈夫そう?」
「はい。登録されました。ありがとうございます」
「こちらこそ。芽依待ってるし、戻りな?」
「あ、そうでした! 気をつけて帰ってくださいね!」
「うん。またね」
「はい!!」
先輩の連絡先が表示されたスマホを握りしめて、芽依の元に走り出す。
連絡先を教えてもらったけれど、最初のメッセージは何にしよう。つまらないメッセージで返答に困らせちゃうのも申し訳ないし、ちゃんと考えないと。
先輩はこれから用事があると言っていたし、幸いにも考える時間は沢山ある。
「芽依、ごめん。お待たせ」
「いいえー。彩葉先輩、OKだって?」
「……何が?」
「え、告白したんでしょ?」
「してません」
「なんでー!?」
「なんで、って、昨日初めて話したんだよ? 流石に早いでしょ」
「そうかなぁ。お似合いだったけどな」
そう言って貰えるのは嬉しいけれど、昨日の今日だし、絶対振られるって。時間をかければいいってものでもないとは思うけど、もう少し私のことを知って欲しいし、先輩のことを知りたい。
誰かにこんな気持ちを抱いたことなんてなくて、ちょっと怖いけど、そう思える存在が出来たことが嬉しい。
先輩が笑う顔を近くで見ていたいし、先輩を笑顔にできる存在になりたいと強く思った。
あの笑顔を私だけのものにするために 奏 @kanade1
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます